コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

州権論 しゅうけんろんstates' rights

翻訳|states' rights

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

州権論
しゅうけんろん
states' rights

アメリカ合衆国を構成する各州の法的制限に関して,連邦憲法に明確に規定されている権限以外の諸権限は各州に留保されているとする主張。 1789年連邦憲法が成立し,91年憲法修正第 10条は,連邦政府の権限と州に留保された権限との関係について表現しているが,必ずしも明確な規定ではなく,A.ハミルトンの連邦主義と T.ジェファーソン州権論との間に論争があった。ジェファーソンのケンタッキー決議,J.マジソンのバージニア決議は最初の州権論で,1861年南北戦争前夜の南部の連邦脱退合法論は州権論の代表的な例。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

しゅうけんろん【州権論 states’ rights theory】

アメリカ憲法史上,連邦政府の権限を狭く解し,州の権限を広く解するいろいろな理論に対する一般的名称。州権論は多くの場合,在野勢力ないし少数利益によって,自己正当化の論理として使用されてきている。連邦制をとる合衆国憲法の論理構造においては,連邦政府の権限は憲法に列挙された権限に限定されており,その他の権限は各州ないし人民に留保されている(合衆国憲法第10修正)。そこから,連邦政府の権限をできるだけ狭く解釈することが,州権論の憲法上の根拠となっている。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

州権論
しゅうけんろん
States' Right

単一国家とは異なって連邦国家を形成しているアメリカ合衆国にあって、構成単位としての州の位置は、統合と分離という緊張関係のなかで、発現の歴史的形態を異にしながら、州の権利の擁護論となって展開されてきている。建国期にあって、アメリカ合衆国憲法が主権の位置とその属性を明示しえず、また、憲法修正第10条において州の留保権の規定(「合衆国に委任されず、また各州に対して禁止されなかった権限は各州それぞれあるいは人民に留保される」)を置いたことは、その後、各セクションないし利益集団の利害対立のなかで、連邦の政体論争、広狭両様の解釈論争を引き起こすところとなった。まず、「外人および治安取締法」に対し、T・ジェファソンとJ・マディソン起草の「ケンタッキー・バージニア決議」(1798~99)が州権論の古典的位置にあり、その後、南北戦争に至る論争の過程にあって、連邦政府に対する対抗の論理は州権によりどころが求められるところとなった。代表的論客はJ・C・カルフーンで、彼は、主権を各州に帰属せしめる州主権論を軸に、ここから州の「無効宣言」の理論を練り上げ、連邦政府の権力強化的な方向に対抗した。これに対し、D・ウェブスターは、国民の一体性を強調した。南北戦争後、州権論は相対的に影を薄くし、また連邦政体や主権をめぐる論争となって現れることがなくなったとはいえ、合衆国が連邦国家であるという政体とも絡んで、連邦政府の政策的方向に対する州の側からの対抗理論となって現れてきている。それは、1948年の大統領選におけるS・サーモンドの「州権党」や、68年のG・ウォーレスの「アメリカ独立党」の動向に例示されるところである。[中谷義和]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

州権論の関連キーワードジャクソン(Andrew Jackson)タイラー(John Tyler)ホイッグ党(アメリカ)ハートフォード会議逃亡奴隷法合衆国銀行南部連合タイラーデービススミス

今日のキーワード

ムガベ大統領

1924年、英植民地の南ローデシア(現ジンバブエ)生まれ。解放闘争に参加し、80年にジンバブエを独立に導いた。同年から首相、87年から大統領として実権を握り続けた。2000年以降は白人農場主の農園を強...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android