工業が他の産業に比べて生産額,投下資本,雇用労働力などの面で高い割合を占め,土地利用の面でも工場,またはその関連施設が卓越している地域。工業地域のうち,とくに規模の大きなもの,あるいは帯状のものを工業地帯とよぶこともある。工業地域の範囲は工場の集積の状態,工業人口比率,工場間の地域的結合関係などを指標にして決定される。工業地域の一部分を工業地区とよぶが,その場合所与の範囲を指す場合と,業種構造や工業生産体系上の結節地域を指す場合とがある。工業地域は産業革命後に形成され,基幹となる巨大工場や工業集団によってさまざまな性格を有しており,構成業種によって繊維工業地域,自動車工業地域など,部門によって重化学工業地域と軽工業地域など,所在地によって臨海工業地域と内陸工業地域,形成の歴史によって在来(伝統)工業地域と近代工業地域などに性格づけることができる。
世界のおもな工業地域は,アメリカ合衆国,西ヨーロッパ,旧ソ連,日本など北半球の温帯に集中している。まず,アメリカ合衆国では,北東部と五大湖沿岸に工業地域が発展し,全国生産の7割を占めている。繊維工業を中心に最も古くから発達したニューイングランド工業地域は,現在では電子関係の先端技術部門や高級雑貨生産に特色づけられる。五大湖地方にはシカゴなどを中心に世界最大の工業地域群の形成をみており,自動車,機械,鉄鋼などの生産に特色がある。しかし,北東部の工業地域の全国的地位は近年低下傾向にあり,代わって地下資源と結びついた石油化学,航空機工業を中心とする南部工業地域やロサンゼルスなど鉄鋼,航空機,石油精製を柱とする太平洋岸の工業地域の地位が急速に高まっている。近代工業の発祥地である西ヨーロッパにはEC10ヵ国を中心に古くから工業地域が形成されている。そのうち,大工業地域の多くは石炭資源と結びついて発展したものである。イギリスでは,スコットランド低地(グラスゴーなど)と北海沿岸(ニューカスルなど)には鉄鋼,機械,造船を,マンチェスターなどランカシャー地方には綿工業を,ヨークシャー地方には羊毛工業を,それにバーミンガムには鉄鋼,機械を中心とする工業地域が発達している。ドイツではルール地域が最大で,鉄鋼,機械,自動車,化学などの工業を中心にヨーロッパの中核工業地域をなしている。また,シュトゥットガルトなど北部の工業地域は自動車,電機,繊維などの生産に特色がある。フランスではロレーヌ地方に鉄鋼業,シャンパーニュ地方に醸造,マルセイユに石油化学,造船を中心とした工業地域が形成されている。その他,スイス,スウェーデン,ノルウェーなどには水力発電に依存した工業地域がみられる。また,ロンドン,パリなどの大都市にはニューヨークなどとともに,衣服,自動車,食料品,出版など消費力と流通機能に依存した工業が発達し,大都市工業地域を形成している。
旧ソ連では工業生産を効果的に行う目的で,地域内,地域間で資源,工場,技術,労働力を有機的に結合させたコンビナート(総合工業地域)が発達していた。この国の工業は,かつてヨーロッパ・ロシアのレニングラード(現,サンクト・ペテルブルグ)とモスクワに集中していたが,十数次に及ぶ五ヵ年計画が実施された結果,各地に特色あるコンビナートが形成された。サンクト・ペテルブルグやモスクワでは精密機械,電機,造船,化学,それに各種消費財生産が行われており,ウクライナのドニエプル・コンビナートでは水力発電を柱に重化学工業や製粉工業が発達していた。その他,スベルドロフスク(現,エカチェリンブルグ)など炭田を中心としたウラル・コンビナート,ノボシビルスクなど鉄鉱産地を中心としたクズネツク・コンビナート,イルクーツクを中心とするアンガラ・バイカル・コンビナート,ハバロフスクを中心とする極東コンビナート,タシケントを中心とする中央アジア・コンビナート,それにカラガンダ・コンビナートなどが形成され,1970年代以降はウラル以東のシベリア地方の工業地域の発展が目ざましい。ソ連邦崩壊後は各共和国が独立したため,前記のウクライナや中央アジア諸国などの工業地域は連邦規模での連携関係を断たれている。
日本の工業活動は全国的に広くみられるが,京浜,阪神,中京の三大工業地域(帯)に全国工業生産の過半が集中している。また,それらを含み,北関東から東海,瀬戸内,それに北九州に及ぶいわゆる太平洋ベルト地帯に9割弱が集中している。同地帯の北九州は,かつて四大工業地域(帯)の一つに数えられていたが,第2次大戦後鉄鋼業などが他地域に流出したため著しく地位が低下し,大工業地域の座から脱落している。三大工業地帯はいずれも大都市地域であるが,そのうち,京浜の規模が最大である。京浜工業地帯は東京の中心部から約40kmの範囲で,東京,神奈川,埼玉,千葉の1都3県に及ぶ。その全国的地位は,大正期まで阪神に比べかなり低かったが,昭和10年代の軍拡期に軍・官需に支えられて目ざましい伸びを示し,阪神を抜いて最大の工業地域となった。京浜地域には他地域に比べて多種多様な工業が集積しているが,なかでも重化学工業では機械部門,軽工業では日用消費財の生産に特色がある。機械工業は東京南部から川崎・横浜両市にかけて集積し,工業地域の拡大を主導している。日用消費財工業のうち大部分は東京東部に集中しているが,出版・印刷部門は中心部に集積している。そのうち,機械工業は下請関係で,また日用消費財工業は問屋をかなめとする生産体系で機能的に結ばれている。一方,かつて海水浴場や漁場が続いていた千葉県の海岸地帯は戦後埋め立てられ,石油化学,石油精製,鉄鋼,火力発電所などの装置型産業の工場が建ち並び,京葉工業地域とよばれている。
京浜に次ぐ阪神工業地帯は大阪市から神戸市に及ぶ一帯を中心にひろがる。これに京都市を加え京阪神とよぶ場合もある。江戸時代から日本の経済活動の中心的地位を占めてきた大阪は工業面でも高い地位にあった。とくに,紡績をはじめ繊維工業は第2次大戦前まで長らく阪神の代表的工業部門であった。戦後の高度経済成長期以後はそれに代わって家庭用電機など機械部門の発展が目だち,工業地域の発展を主導している。しかし,機械部門の発達は官・軍需に支えられた京浜地域に比べて質的にも,量的にも劣り,これが阪神工業地帯の全国的地位の低下をもたらしている。大阪市では東京と同様に各種雑貨の,神戸市では輸出雑貨の生産が盛んであるが,いずれも問屋の強力な支配下にある。この点,機械工業も同様で,問屋の支配下に生産活動を展開しているものが多い。大阪市から尼崎・神戸両市にかけての臨海部には古くから鉄鋼・化学などの重化学工業が発展をみていたが,高度経済成長期以後過密化により生産活動が停滞し,代わって和歌山,堺,姫路,加古川など周辺地域の臨海部に素材的重化学工業地区が成立,発展している。
中京工業地帯は名古屋市を中心に愛知・岐阜・三重3県に及ぶ。中京地域は1950年ころまでは綿紡績や毛織物を主とする繊維・木工部門中心の工業地域であったが,その後それらの工業を基盤とする各種機械工業が目ざましく発展している。機械部門の中でも豊田市を中心とする自動車工業の発展は著しく,中京工業地帯の主導工業となっている。なお,中京地域では元来重化学部門の発展が低調であったが,名古屋市南部,東海市,四日市市などの臨海部に重化学工業地区が造成され,鉄鋼,石油化学などの巨大工場が集積している。
三大工業地帯を除けば,それらを結ぶかその外縁部の太平洋ベルト地帯に工業地域形成が進行している。まず北関東では織物業を基盤とする桐生市・伊勢崎市・足利市などの両毛地域,航空機工業を先行産業に自動車工業の太田市,鉱山をベースとした電機工業の日立市など,東海地方では木工と繊維を基盤に楽器,オートバイなどの浜松市,アルミニウム,造船の清水市(現,静岡市),製紙の富士市などの工業地域が発達している。瀬戸内工業地域には,水島,岩国市,徳山市(現,周南市),新居浜市など石油化学工業を,水島,呉市,福山市には鉄鋼業を,それぞれ中心とする工業地域が発達しており,広島市周辺には自動車工業地域がみられる。北九州市一帯は先述のように古くから鉄鋼業を中心に四大工業地帯の一つをなしていたが,第2次大戦後,地位が低下し,代わって,福岡市を中心に工業地域形成が進んでいる。長崎・佐世保両市は古くからの造船工業地域である。太平洋ベルト地帯以外での工業地域形成は,国や地方公共団体の地方工業化政策にもかかわらず低調である。近代工業を中心とした工業地域としては,苫小牧市(パルプ,製紙),室蘭市(鉄鋼),八戸市(化学,セメント),諏訪盆地(精密機械),長岡市(工作機械),富山・高岡両市(化学,アルミニウム),延岡・水俣両市(化学)などがある。また,福島県会津地方,石川県山中町(現,加賀市),輪島市(漆器),米沢市,十日町市(織物),燕・三条・関の各市(金属雑貨)など地場産業を中心とした工業地域も各地にみられる。
執筆者:竹内 淳彦
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生産額、従業者、投下資本、土地利用、景観などにおいて工業(製造業)が優位を占めている地域。一般には工業活動が盛んな所で、工業地帯よりは規模が小さい場合をいう。広義の工業地域では「集積」の利益によって工業の立地条件のよい所に多くの工場が立地集積することが一般的で、工業地域を形成する。この工業地域は生産規模や大きさによって工業地帯や、狭義の工業地域、工業地区に分類される。工業地帯は、総合的に工業が発達し、多大の工業生産額をあげ、その範囲も広いのに比べて、狭義の工業地域は、工業の発達段階が成熟せず、特定の業種を主としていて、総合的ではない。一方、工業地区は、工業地帯または工業地域の一部を形成する。
[沢田 清]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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