名古屋市を中心に、愛知、岐阜、三重、静岡の4県にまたがる工業集積地域。東京を中心とする京浜工業地帯、大阪を中心とする阪神工業地帯とともに日本三大工業地帯の一つである。4県のうち、静岡県は行政の管轄では関東通商産業局に属するが、電力・ガス等の公益事業については富士川以西は中部通商産業局の管轄下にある。一方、金融機関の日本政策投資銀行東海支店(名古屋)は静岡を含む東海4県を管轄範囲としている。このように、静岡県の東部が中京と京浜の中間的位置にあるが、4県の範囲が東海道に沿うところから、東海工業地帯ともよばれ、一体性が認められる。
製造品出荷額等は約67.4兆円(1995)で、全国323兆円の20.8%を占め、京浜の23.1%に次ぎ、第3位の阪神の14.3%よりも多い。1990年(平成2)までは阪神に次いで第3位であったが、以降は第2位を維持している。出荷額等の構成は、第1位輸送用機械器具33.4%、第2位電気機械器具12.3%、第3位一般機械器具9.9%、第4位食料品・飲料7.2%、第5位化学工業5.4%などで、自動車産業が主力の工業地帯である。
[伊藤達雄]
江戸時代から繊維、窯業、木材加工などが盛んであったが、明治後期に四日市(よっかいち)港と名古屋港が開港してからは羊毛、機械、化学工業などが急速に発展した。長く中京工業を特色づけていた紡績業がその第1位の座を機械工業に譲ったのは1940年(昭和15)であった。第二次世界大戦中は航空機工業が集積し、生産機数が全国の過半数を占めたこともあった。そのため第二次世界大戦末期には空襲によって壊滅的被害を受けた。戦後はふたたび繊維、陶磁器、合板などの軽工業を主体に復活し、1950年(昭和25)の朝鮮戦争を契機に重化学工業が急ピッチで伸び、1960年には軽工業と重化学工業の比率が逆転した。とくに1961年、愛知県東海市で操業を開始した富士製鉄系の東海製鉄(現、日本製鉄名古屋製鉄所)の立地をみたことは、それまで軽工業を主体としてきた中京工業地帯に、大規模な製鉄・製鋼工場を誘致して重化学工業化を図ることを悲願としていた当時の中京経済界にとって、新しい時代の到来を告げるものとなった。さらにその後、オートバイと自動車の時代の波にのった本田技研工業、ヤマハ、トヨタ自動車など輸送用機器製造と関連産業各社の成長が現在の中京工業の中核を形成した。
[伊藤達雄]
中京工業地帯の立地条件は、京浜、阪神と同様、大平野に展開した大都市の市場を背景に、前面に伊勢(いせ)湾が開け、それが世界と結ぶ国際港湾の形成を可能にした地理的優位性にある。しかも、東京―大阪間には、日本の大動脈である新幹線と高速道路が通じ、その中間に位置する中京工業地帯は関東と関西との両者を市場とすることができる強みをも備えている。
中京工業地帯の地域別特性は、内陸と臨海とで大きく異なる。内陸に立地する諸工業の多くは、近世の農村工業や各藩が奨励した城下町産業を起源とする繊維、窯業、食品加工、木製品などである。高度成長期まで日本の繊維工業をリードした岐阜県中南部、愛知県尾張(おわり)西部、三重県北中部の綿・羊毛紡織業や、瀬戸(せと)、常滑(とこなめ)、多治見(たじみ)、四日市などの窯業はその例で、一部は伝統工芸としても貴重な存在となっている。トヨタ自動車の前身は繊維工業用の織機を製造していた豊田自動織機製作所の自動車部であり、ヤマハも木工品からピアノ、ギターなどの楽器、スポーツ用品、自動二輪車、ボート製造へと発展したものである。したがってそれら諸工業の立地は、多くは内陸に点在し、各地に特色ある地方工業都市を形成している。
これに対して、臨海工業地帯の形成は新しい。近代工業の基盤となる鉄鋼、化学、電力などの工業は装置型工業とよばれ、大規模な用地を必要とするが、平地に乏しい日本では臨海の埋立てによる用地確保が必須である。加えて大量の工業用水、製品を市場へ運ぶための輸送手段、原材料を海外から輸入し製品を輸出するための近代港湾施設などを欠くことができない。名古屋市の南に広がる伊勢湾沿岸はそれらの条件を備えていた。国際拠点港湾である名古屋港と四日市港を有し、沿岸は遠浅で地耐力に優れ、第二次世界大戦後、国際復興開発銀行(世界銀行)の融資を受けて農業用水として掘削された愛知用水を工業用に転用することもできた。四日市の化学・電力コンビナートは第二次世界大戦中に造成された海軍燃料廠(しょう)跡を活用したものであるが、東岸の名古屋南部臨海の大部分は戦後の埋立てで、日本製鉄をはじめ、大同特殊鋼、愛知製鋼、東亜合成、三井化学、東レなど、大企業の主力工場が立地している。
このような特色をさらに細かく区分すると、愛知県は6地区、岐阜県は5地区、三重県は7地区、静岡県は4地区に分けられる。それぞれの工業特性を地区ごとに上位2業種の出荷額比率(1995)でみると次のようになる。
〔愛知県〕
●名古屋地区 輸送用機械器具18.9%、鉄鋼業12.9%
●知多(ちた)・衣浦(きぬうら)地区 輸送用機械器具45.5%、一般機械器具9.2%
●尾張地区 一般機械器具23.1%、電気機械器具16.4%
●豊田(とよた)地区 輸送用機械器具87.2%、一般機械器具2.4%
●東三河(ひがしみかわ)地区 輸送用機械器具51.2%、電気機械器具9.9%
●岡崎(おかざき)地区 輸送用機械器具46.2%、電気機械器具15.3%
〔岐阜県〕
●高山(たかやま)地区 家具・装備品17.8%、一般機械器具10.6%
●加茂(かも)地区 電気機械器具27.7%、輸送用機械器具17.5%
●中濃(ちゅうのう)地区 金属製品23.5%、一般機械器具18.4%
●岐阜地区 輸送用機械器具15.2%、一般機械器具10.9%
●大垣(おおがき)地区 電気機械器具16.1%、窯業・土石製品12.1%
〔三重県〕
●桑名(くわな)・四日市地区 化学23.1%、輸送用機械器具15.0%
●鈴鹿(すずか)・亀山(かめやま)地区 輸送用機械器具63.8%、プラスチック製品11.2%
●津地区 電気機械器具37.3%、輸送用機械器具13.7%
●伊賀(いが)地区 一般機械器具25.9%、窯業・土石製品13.0%
●松阪(まつさか)地区 電気機械器具30.8%、窯業・土石製品15.4%
●伊勢・志摩(しま)地区 電気機械器具40.6%、輸送用機械器具12.8%
●東紀州(ひがしきしゅう)地区 電気機械器具15.1%、食料品10.8%
〔静岡県〕
●東駿河(ひがしするが)地区 電気機械器具18.1%、パルプ・紙14.9%
●中遠(ちゅうえん)地区 輸送用機械器具29.3%、電気機械器具24.5%
●静清(せいしん)・大井川地区 電気機械器具17.3%、食料品13.7%
●西遠(せいえん)地区 輸送用機械器具49.6%、電気機械器具14.2%
[伊藤達雄]
中京工業地帯の近代工業は、輸送用機械器具、一般機械器具に特化しているだけに、電気・電子工業や印刷・出版産業などの集積は京浜・阪神に劣り、総合性に乏しい。とくに研究開発機関が少なく、ものづくりの現場という性格が強い。そこで、全国総合開発計画や中部圏計画などでは、中部国際空港の開港(2005年2月)と日本国際博覧会の開催(2005年3~9月)を契機に、各産業分野を強化して「世界に開かれた産業技術の中枢圏域」となることが期待されるとしている。
[伊藤達雄]
『伊藤達雄他編『21世紀の中部圏』(1995・中日新聞社)』
本州中部,東海地方のうち愛知,三重,岐阜の3県にまたがる工業地域で,名古屋市を中心とする半径約40kmの圏域がその中核をなす。ただし,統計の上では東海3県の全域を中京工業地帯として取り扱う場合が多い。第2次大戦前は日用消費財的軽工業の比重が高く,名古屋市の木材,食品,陶磁器,紡績,時計,ミシン,現在の一宮・津島両市の毛織物,知多市・東浦町・蒲郡(がまごおり)市の綿織物,瀬戸・多治見・常滑(とこなめ)各市の陶磁器といった在来工業が主で,全国では北九州工業地帯とほぼ同じ地位にあった。その後,戦時中の航空機を中心とする軍需工業の展開により機械,金属工業が急速に発展し,戦後は繊維,陶磁器,合板工業などの復興期を経て,高度経済成長期に入ると重化学工業の比重が著しく高まっていった。臨海工業地帯としては,石油化学工業の四日市地区,製鉄,石油化学工業の名古屋港南部地区,木材工業の同西部地区,木材,金属工業,発電などの愛知県衣浦(きぬうら)地区が発展した。内陸工業地帯は,1937年開設のトヨタ自動車の生産拡大と関連企業の集積を図った豊田市と,名古屋市内の企業の生産拡大に伴う移転を受け入れて工業化の進んだ春日井市が主体となって発展した。さらに,1965年,69年に全線開通した名神および東名高速道路の影響によって小牧・江南・犬山各市にも新規工場が誘致され工業化が進んだ。このほか,岐阜県では岐阜市の既製服製造業,各務原(かかみがはら)市の航空機工業,大垣市の電気化学工業,関市の刃物など金属工業,三重県では北勢地区の桑名・鈴鹿両市の鉄工業,機械工業が著名である。1980年には東海3県の製造品出荷額が全国の13%に達し,京浜,阪神に次ぐ工業地帯になった。また,中京工業地帯の中核をなす愛知県の工業は33.7兆円(1994),全国製造品出荷額の約11%を占め,1977年から連続して全国第1位を保っている。
中京工業地帯の表玄関ともいうべき名古屋港は,横浜(1859),神戸(1867)より著しく遅れて1907年開港場に指定された。94年現在,総取扱貨物量(1億4261万t)は千葉に次いで全国第2位である(2006年現在,全国第1位)。輸出は自動車など輸送機械が61%を占め,輸入は原油22%,鉄鉱石が18%を示す。
一方,この地域は急速な工業化の進展のため,濃尾平野の地盤沈下,四日市市の大気汚染,矢田川・矢作(やはぎ)川流域の陶土採取による水質汚濁などの公害が問題となり対策が講じられている。
執筆者:溝口 常俊
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…大阪市から尼崎・神戸両市にかけての臨海部には古くから鉄鋼・化学などの重化学工業が発展をみていたが,高度経済成長期以後過密化により生産活動が停滞し,代わって和歌山,堺,姫路,加古川など周辺地域の臨海部に素材的重化学工業地区が成立,発展している。 中京工業地帯は名古屋市を中心に愛知・岐阜・三重3県に及ぶ。中京地域は1950年ころまでは綿紡績や毛織物を主とする繊維・木工部門中心の工業地域であったが,その後それらの工業を基盤とする各種機械工業が目ざましく発展している。…
※「中京工業地帯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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