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帝銀事件 ていぎんじけん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

帝銀事件
ていぎんじけん

銀行員大量毒殺による強盗事件。 1948年1月 26日,帝国銀行椎名町支店において,東京都の衛生課員と称する男が訪れ,近所に赤痢が発生したとして 15名の行員に薬品を2度に分けて飲ませ,12名を死亡させ,3名を重態に陥れ,現金 16万 4000円,小切手額面1万 7000円を強奪。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

帝銀事件

1948年1月、東京都の帝国銀行椎名町支店に都の「消毒班」の腕章をつけた男が現れ、赤痢の予防薬と称して毒物を行員らに飲ませて12人を毒殺した。平沢貞通・元死刑囚が捜査線に浮上し、逮捕された。平沢氏はいったんは犯行を自白したが、公判では一貫して否認。1955年に死刑判決が確定したが、獄中死するまで30年以上執行されなかった。

(2010-10-23 朝日新聞 朝刊 長崎 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

ていぎん‐じけん【帝銀事件】

昭和23年(1948)1月、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店に現れた男が、伝染病予防のためと称して青酸カリの溶液を飲ませて12名を毒殺、現金などを奪った事件。犯人とされた平沢貞通は犯行を否認したが、死刑が確定。刑の執行がなされないまま同62年に獄死。

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百科事典マイペディアの解説

帝銀事件【ていぎんじけん】

1948年1月26日東京都豊島区の帝国銀行(のちの三井銀行)椎名町支店で起きた強盗集団殺人事件。厚生省の技官を装った男が,赤痢の予防薬と称して行員ら全員に青酸カリを飲ませ,12人を毒殺し,現金16万円余などを奪った。

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世界大百科事典 第2版の解説

ていぎんじけん【帝銀事件】

太平洋戦争後の1948年におきた強盗殺人事件。1月26日午後,閉店直後の東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店に〈東京都衛生課の医員〉と名のる中年男が現れ,〈付近に集団赤痢が発生したので行内を消毒する。その前に予防薬を飲むように〉と,16人の行員に青酸化合物の毒液を飲ませた。このため12人が死亡,犯人は現金約16万4400円と額面1万7450円の小切手を奪って逃げた。捜査は難航し,関東軍731部隊の関係者が洗われたりしたが,8月21日テンペラ画家平沢貞通が逮捕され,犯行を〈自白〉したと発表された。

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大辞林 第三版の解説

ていぎんじけん【帝銀事件】

1948年(昭和23)1月26日午後、東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店に現れた男が行員らに青酸カリを飲ませ、一二人を死亡、四人を重体に陥らせて現金などを奪った事件。犯人とされた平沢貞通は犯行を否認したが、死刑の判決が確定、未執行のまま87年に九五歳で獄死。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

帝銀事件
ていぎんじけん

1948年(昭和23)1月26日、東京都豊島(としま)区長崎町の帝国銀行椎名町(しいなまち)支店で起こった、青酸化合物による殺人強盗事件。犯人は都の衛生課員を装い、赤痢予防薬と欺いて行員ら16名に青酸化合物入り液体を飲ませ12名を毒殺、この間に現金・小切手約18万円を奪って逃走。当初、警察は青酸化合物の扱いに熟知した人物として旧陸軍細菌部隊関係者を追ったが捜査は難航した。しかし事件発生から7か月後、捜査当局は唯一の証拠品の名刺を手掛りにテンペラ画家平沢貞通(さだみち)を小樽(おたる)で逮捕。平沢はいったんは自白したが、公判で否認し、1950年一審で死刑判決、55年最高裁で確定後も再審要求を続けた。平沢真犯人説については物的証拠に欠けるため、62年には作家の森川哲郎を中心とする「平沢貞通氏を救う会」が結成されるなど、無実を主張する運動も広がった。歴代の法務大臣が死刑執行命令を出さないまま長期拘置が続いたが、平沢は刑確定32年を経た87年5月、95歳で東京の八王子医療刑務所で死亡、戦後司法制度の歴史に特異な軌跡を残した。[小田部雄次]
『田中二郎・佐藤功・野村二郎編『戦後政治裁判史録1』(1980・第一法規出版)』

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