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平沢貞通 ひらさわさだみち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平沢貞通
ひらさわさだみち

[生]1892.2.18. 東京
[没]1987.5.10. 東京
帝銀事件死刑囚,画家。著名なテンペラ画家として活躍していたが,1948年帝国銀行の東京・椎名町支店で行員 12人が毒殺され,18万円余りが奪われる事件 (帝銀事件) が発生,その容疑者として逮捕された。 34日間の厳しい取り調べを受けて一度は自白したが,公判では一貫して無実を主張。物的証拠がないまま,1955年に最高裁判所の上告棄却で死刑が確定した。弁護側は冤罪を主張し,判決に疑問をもった政治家や文化人,法曹関係者が「平沢貞通氏を救う会」を結成して救援運動を続けたが,18回におよぶ再審請求 (→行政不服審査法 ) ,5回の恩赦出願もかなわず,逮捕以来 39年,95歳で獄死する。死後,遺族から 19回目の再審請求が出された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平沢貞通 ひらさわ-さだみち

1892-1987 昭和時代の画家,死刑囚。
明治25年2月18日生まれ。テンペラ画を得意とし,昭和11年帝展無鑑査となる。23年帝銀事件で逮捕され,犯行を否認したまま,25年死刑を宣告され,30年刑が確定。無実をうったえて再審請求をくりかえしたが,62年5月10日獄中で病死した。95歳。東京出身。小樽中学卒。
【格言など】平沢貞通は帝銀事件犯人ではない(遺書)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典内の平沢貞通の言及

【帝銀事件】より

…このため12人が死亡,犯人は現金約16万4400円と額面1万7450円の小切手を奪って逃げた。捜査は難航し,関東軍731部隊の関係者が洗われたりしたが,8月21日テンペラ画家平沢貞通が逮捕され,犯行を〈自白〉したと発表された。12月10日東京地方裁判所の第1回公判で,平沢は〈自白は精神的拷問の結果〉と〈犯行〉を否認した。…

※「平沢貞通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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