新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「平生釟三郎」の解説
平生 釟三郎
ヒラオ ハチサブロウ
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報
明治〜昭和期の実業家,政治家 日本製鉄会長;貴院議員(勅選);文相;枢密顧問官。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
明治・大正・昭和期の実業家。美濃(みの)国(岐阜県)の加納藩士田中家に生まれ、東京高等商業学校(現一橋大学)在学中に平生家に入婿し平生姓を名のった。同校卒業後、1894年(明治27)東京海上火災保険会社に入社。同社の再建に尽力して1917年(大正6)には専務取締役にまで昇進した。同社退社後、32年(昭和7)には川崎造船所社長、37年には日本製鉄会長に就任するなど、経済界で多方面に活躍した。この間、教育、社会事業にも多大な関心を示し、甲南学園の創設を主導して、1923年には7年制の甲南高等学校を創立。そのほか甲南病院を設立するなど、社会事業も推進した。一方、36年には広田弘毅(ひろたこうき)内閣の文部大臣に就任し、また40年には大日本産業報国会会長、43年には枢密顧問官に任ぜられるなど、政治面でも活躍した。
[柴 孝夫]
『河合哲雄著『平生釟三郎』(1952・羽田書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新