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座散乱木遺跡 ざざらぎいせき

百科事典マイペディアの解説

座散乱木遺跡【ざざらぎいせき】

宮城県大崎市にある江合川流域の旧石器時代の遺跡。1970年代後半から,県内の考古学研究者と市民による研究グループ・石器文化談話会によって,岩宿遺跡をさらにさかのぼる,3万年以前の石器文化を探求する調査が進められた。
→関連項目馬場壇A遺跡

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国指定史跡ガイドの解説

ざざらぎいせき【座散乱木遺跡】


宮城県大崎市岩出山下野目にある集落跡。荒雄(あらお)岳を水源とし、南東流して北上川に合流する荒雄川が岩出山(いわでやま)のあたりで名を変えた江合(えあい)川左岸に位置し、江合川とその支流に挟まれた舌状の台地上に立地する。1976年(昭和51)から在野の研究グループ石器文化談話会によって発掘調査が始まり、1981年(昭和56)には約4万年前とされる石器が発見され、岩宿(いわじゅく)遺跡(群馬県みどり市)よりもさかのぼる日本最古の前期旧石器時代の遺跡と発表された。そして、1997年(平成9)には国の史跡に指定されたが、2000年(平成12)、当時の発掘者による捏造が発覚し、文化庁を中心とする大掛かりな再発掘調査が行われた結果、2002年(平成14)には史跡指定が解除された。それでも、旧石器時代の石器6点、縄文時代、弥生時代から古墳時代への土器が発掘され、後期旧石器時代(3万年~1万2000年前)、ないしは縄文時代草創期から古墳時代にかけての複合遺跡であることが確認された。JR陸羽東線岩出山駅から徒歩約40分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

座散乱木遺跡
ざざらぎいせき

宮城県大崎(おおさき)市岩出山(いわでやま)、江合(えあい)川中流域の丘陵上にある遺跡。後期旧石器時代もしくは縄文から古墳時代の遺跡とされる。この地域には更新世(洪積世)の火山灰層が、約2.5メートルの厚さで堆積(たいせき)し、多くの旧石器時代遺跡が所在する。1976年(昭和51)から1981年にかけ石器文化談話会が、3回の発掘調査を実施した。とくに1981年に行われた第三次調査では、3万年以上前に堆積した遺跡最下部の赤く風化した火山灰層から、尖頭器(せんとうき)(ポイント)、スクレーパー、楕円形(だえんけい)石器、チョッパー、チョピング・トゥールなどの石器が出土した。これらは当時、四万数千年前(前期旧石器時代)のものとされ、長年争われてきた日本の歴史の始源に関する前期旧石器時代の存否論争にひとまず終止符を打った。
 しかし、2000年(平成12)、石器の発掘にかかわった東北旧石器文化研究所の元副理事長藤村新一が当該石器を自ら埋めたとの疑惑が発生。2002年日本考古学協会により再発掘調査が行われた。調査では1976~1981年調査時の発掘地点周囲の前・中期旧石器時代の地層を再発掘したが、新たな石器が見つからなかった。この結果、1981年の発掘はねつ造とされ、1976、1979年の発掘もねつ造の疑いが高いと発表した。遺跡自体については、再発掘調査で地表に近い地層から土器や石器が見つかったことから、後期旧石器時代(3万~1万年前)か、縄文から古墳時代と判断された。[岡村道雄]
『石器文化談話会編・刊『座散乱木遺跡』(1983)』

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世界大百科事典内の座散乱木遺跡の言及

【墳墓】より


[先土器時代,縄文時代]
 素掘りの浅いくぼみが先土器時代の遺跡から検出されることがある。宮城県座散乱木(ざさらぎ)遺跡のそれは,B.P.2万5000年ころの層から検出され,加工石片を伴っており,遺体を埋葬するために掘った穴,すなわち墓壙(ぼこう)と考えられている。しかしこうした遺跡からの人骨出土例はなく,まだその葬法については明らかではない。…

※「座散乱木遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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