引抜加工(読み)ひきぬきかこう(英語表記)wire drawing

改訂新版 世界大百科事典 「引抜加工」の意味・わかりやすい解説

引抜加工 (ひきぬきかこう)
wire drawing

先細りのダイスに先づけした線を通し,その先端を引いて線径を減ずる加工法。線材直径が小さいものの引抜きは伸線,線引きと呼ばれる。この加工法は鍛造に次いで古くから行われていた。初めは軟鉄のブロックに穴をあけ,比較的軟らかい金属線に対して行われ,動力人力または馬に引かせる力などが利用された。このブロックはたたきダイスと呼ばれるが,穴をあける際に穴の周縁部が加工硬化し,引抜き中の線径の保持などに役立っている。引抜加工では,伸線以外に,管の外径を縮める管の空引き,外径を縮めると同時に肉厚も制御するプラグ入りの引抜きなども行われる(図)。

 引抜装置には,ドローベンチと呼ばれる単頭の引抜装置で比較的低い速度で運転されるものと,複数のダイスを設備し5~6パスの引抜加工を1台の伸線機で行う連続伸線機がある。連続伸線の技術は,電動機で駆動されるドラムに線を巻きつける技術が開発されてから発展した。連続伸線機の典型的な方式は,ダイスから出た線をドラムの下辺で巻き取り,ドラムの上辺へ巻き上げて,頂点に近いところでドラムから離し,次のダイスに線を進めていくものである。ダイスの入側は原則として張力が作用していない。後方張力を付加すると,ダイスと材料との間の圧力が減少し摩擦・摩耗に関するトラブルやエネルギー損失を減少させることができる。しかし後方張力によってなされる仕事を有効に回収できないことや,装置がやや複雑になること,また材料に作用する張力のレベルが全体として上昇して材料の引切れがふえることなどの難点もあってあまり普及していない。引抜きは,工具であるダイスが静止し,材料が運動するので,高速伸線になるほどすべり速度が大きくなり,摩擦による表面欠陥の発生が起こりやすくなる。そのためピアノ線のような硬鋼線の引抜きでは,潤滑に十分注意するとともに,ダイスの材料も工具鋼ではなく,タングステン炭化物とコバルトとを焼結した超硬合金を用いる。このような問題の解決には,圧延と同様に工具にロールを用いるローラーダイス伸線法の開発がある。1段で円形断面の減面を行うドイツで発達したタークスヘッド方式と,2段で円形断面から円形断面への減面を行う,五弓勇雄により開発された日本式のローラーダイス伸線法がある。これらは材料と工具との摩擦を著しく減少させるので,加工材の組織や残留応力分布によい影響を与えることが知られている。しかし,これも前述の後方張力伸線法と同じく,広く用いられる技術とはなっていない。引抜きは加工システムとしてはきわめて簡単なものであるため,これをある程度高度な,より複雑なシステムにすることによって加工上のいろいろな難点を除くことができても,簡単なシステムという特徴を失っては魅力でなくなるということが,これらの方法が広く受け入れられなかった根本的な原因であろうと思われる。引抜きはほとんど常温で行われる冷間加工であるが,高融点金属材料であるタングステンやモリブデン塑性変形させるには常温というのはあまりにも低すぎるので,初めに加熱して,1000℃程度から300℃あたりまで温度が低下する間に連続的に引抜きを行っている。温度を常温より上げて行う引抜加工の例としては,まだ実用化はされていないが,炭素鋼を300~500℃で引き抜き,引抜加工と低温焼きなまし工程とを一度に行う温間引抜加工が開発されている。

 先に述べたように,引抜きではダイスと材料との相対すべり速度が高いので摩擦に基づく困難な問題が多い。ピアノ線のような硬い線を引き抜く場合には,材料表面をあらかじめリン酸塩皮膜処理をするか,石灰を塗布するかして,金属セッケンがよく付着するようにして,軟化溶融した金属セッケンによる流体潤滑によって潤滑を行わせる。リン酸塩皮膜処理と金属セッケンとの組合せによる潤滑は,鉄系材料の場合きわめて優秀な結果をもたらす。潤滑剤としてはほかに,粘着力が高く,かつ高粘度の物質が用いられる。天然の材料ではラノリンのようなものが選ばれることが多い。またシステムの冷却を兼ねて比較的低粘度の鉱油に油性向上剤などを添加して使用されることもある。力学的に潤滑剤をダイス内へ送り込む方法としてダイス入側にさやを設け,材料が進むにつれて送り込む潤滑剤の圧力が上がるようにして,潤滑剤を圧入するシステムも考案され試用されている。
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百科事典マイペディア 「引抜加工」の意味・わかりやすい解説

引抜加工【ひきぬきかこう】

金属材料を,先細りのダイス穴を通して引っ張り,所望の断面形状の細長い製品とする加工法。管,棒,線などの製造に適用。ふつう太物は熱間加工,細物は冷間加工する。
→関連項目塑性加工

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