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彼杵荘 そのきのしょう

百科事典マイペディアの解説

彼杵荘【そのきのしょう】

肥前国彼杵郡に置かれた九条家領の荘園。長崎市・西彼杵郡・東彼杵郡・大村市にわたる範囲が想定される。1250年彼杵荘が九条道家から孫の宣仁門院四条天皇藤原彦子)に譲られている(九条家文書)。
→関連項目伊佐早荘

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世界大百科事典 第2版の解説

そのきのしょう【彼杵荘】

肥前国彼杵郡(現,長崎県東彼杵郡,西彼杵郡,長崎市,大村市,佐世保市の一部)の大村湾千々石(ちぢわ)湾,角力(すもう)灘に面した海岸沿いに設定されていた九条家領荘園。《東福寺文書》建長2年(1250)11月九条道家家領処分状案にみえるのが初見史料。このとき道家から孫女の四条天皇妃藤原彦子(宣仁門院)に譲られている。文永年間(1264‐75)には仁和寺が本家として荘内の相論の解決を図っており,鎌倉時代末期には九条家の菩提寺である東福寺領としてあらわれている。

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