改訂新版 世界大百科事典 「微量要素」の意味・わかりやすい解説
微量要素 (びりょうようそ)
micronutrient
生物が生育するのに必要な元素のうち,その必要量が微量でよいものを微量要素という。植物においては鉄Fe,マンガンMn,亜鉛Zn,銅Cu,モリブデンMo,塩素Cl,ホウ素Bが現在微量要素とされており,一般に含有量は1000ppm以下である。動物ではホウ素は必要とされないで,代りにコバルトCo,セレンSe,ヨウ素I,ナトリウムNaが加えられる。高等植物の各微量要素の平均的な含有量はモリブデンが最も少なく,鉄や塩素が比較的多い。これら元素の含有量や必要量は植物の種類によって異なる。例えばホウ素はマメ科の植物やアブラナ科のものは含有量が大きく,イネ科のものは少ない(〈必須元素〉の項目の表を参照)。
このような微量の元素が植物にとって必須であることが判明したのは,鉄以外は20世紀に入って,不純物の少ない化学薬品や純水を用い,ほこりの少ない場所で植物を水耕培養できるようになってからである。表に各微量要素の発見された年と研究者,植物名などを示した。鉄が必要であることはすでに古くから知られていたと思われるが,記録としては1844年にグリスGrisが植物の鉄欠乏症について報告したのが知られている。またマンガンについては表のマクハーグJ.S.McHargueより古く,1903年に日本の麻生慶次郎により植物の生育をマンガンが刺激するという報告がなされている。
鉄はpHの高い土壌では水酸化鉄などの沈殿を形成し,植物に吸収されにくくなり,植物は鉄欠乏になる。鉄欠乏の植物は一般にクロロフィルの合成ができないため,とくに新しい葉が黄変する。初期の段階なら土壌に鉄キレート剤を加えるか,葉に硫酸第一鉄の0.05%ほどの液を散布すると緑色を回復する。マンガンもpHの高い土壌で欠乏しやすく,やはり葉が黄白化する。硫酸マンガンを土壌に施すか,0.05%ほどの液にして葉面に散布する。亜鉛の欠乏している土壌はあまり多くないが,やはりこの元素もpHの高い土壌やリン酸肥料を多く施用した土壌で欠乏が知られている。細胞分裂が阻害されるので萎縮して,葉と葉の間が短くなり叢状(そうじよう)を呈したり,かんきつ類では葉が小さくなる。また,トウモロコシやイネで亜鉛欠乏の発生が知られている。硫酸亜鉛を土壌に施用するか0.05%ほどの液を葉面散布する。種子や苗の根を硫酸亜鉛液に浸漬(しんし)して播種(はしゆ),移植するのもよい。銅が不足するとムギ類などでは不稔のもみが増加する。酵素活性が衰え,アミノ酸が集積し,光合成も抑制される。硫酸銅を施用するか液として葉面に散布する。腐植と呼ばれる有機物の多い土壌に発生しやすい。モリブデンは酸性土壌で不足する元素で,硝酸還元や窒素固定が順調に進まなくなる。カリフラワーには欠乏症が現れやすく,鞭状葉といって葉の中央の白色の中肋の部分を残して,その周辺の緑色部分の生育が阻害され,細い異形の葉になる。モリブデン酸ナトリウムを葉面に散布したり,土壌のpHを矯正して,モリブデン酸ナトリウムを施用する。ホウ素はその植物体内での働きが不明の元素であるが,酸性土壌に石灰を加えて酸度を矯正するととくに現れやすく,日本では欠乏土壌は比較的多い。ダイコンなどはす入りやさめ肌になるし,アブラナなどでは不稔になる。ホウ砂を肥料として施用する。塩素の欠乏が実際の農地で発生したという例は知られていないが,光合成に関与したり,植物体内で陽イオンとのバランスをとっている元素である。
微量要素の欠乏は,土壌条件が不良で元素が水に溶解しにくくなって発生する場合が多いので,土壌条件を矯正してから養分を補給することが必要である。日本では1950年にマンガンが,56年にはホウ素が肥料成分として認められ,微量要素肥料として販売されるようになった。
執筆者:茅野 充男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報