改訂新版 世界大百科事典 「心的外傷」の意味・わかりやすい解説
心的外傷 (しんてきがいしょう)
psychic trauma
精神分析の用語で,たんに〈外傷trauma〉と略して用いることもある。外科的な外傷の概念を精神の領域に比喩的に転用したもの。この概念は,1895年S.フロイトがブロイアーJoseph Breuerとともに,ヒステリーは心的外傷により生起すると述べたのに始まる。すなわち,きわめて不快で強烈な体験(心的外傷)は当人の精神的な安定をおびやかす容認しがたいものであるので,それは意識の世界から無意識の世界へと抑圧という機制により移しかえられる。無意識へと抑圧された心的外傷はコンプレクスを形成し,後年その人の精神生活に影響を及ぼす。ランクOtto Rankの出産外傷(母胎から離れて未知の世界へ出た不安)やフロイトの原光景(両親の性交場面の目撃)などは心的外傷の代表的なものとされる。しかし,フロイトははじめ抑圧された幼時期体験を外傷と呼んだが,外傷とは身体的なものでは外傷を受けた時点で即時的に損傷(症状)が目に見えて出現するものであるので,のちにこれは外傷の概念に当たらないと考え,むしろ神経症などの症状形成に直接的に作用した後年の偶発的体験を外傷と呼んだ。近年においては,強烈なストレス(外傷体験)のあと,引き続いて障害の持続するものを外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder,略称PTSD)としている。
執筆者:永島 正紀+野上 芳美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報