心臓が発する音を検者が聴いたり,記録したりしたものをいう。このとき心音が高まっていると被検者には鼓動としてドキッドキッと感ずる。心音を聴取する装置を心音計,記録紙上に表示したものを心音図という。心臓が発する音には持続時間が約0.1秒と比較的短いものと,持続時間の長いものの2種類がある。広義の心音にはこの2種が含まれるが,狭義に心音といえば前者のみをさし,後者は心雑音heart murmurといって,区別される。ここでは心音を狭義の意味で扱う。
心臓は弁が四つ付いた機械的なポンプである。心臓は電気的な刺激によって心筋が緊張したあと短縮して血液を押し出し,興奮がおさまると弛緩して血液を受動的に受け入れることを繰り返している。この心臓の収縮・拡張に伴う各時相に一致して心音または心雑音が発生する。この場合,心筋や弁あるいは血液が振動体すなわち音の発生源となり,心臓全体,動脈,胸壁などが共振体となって外部に音を伝える。正常心音にはドン,トン,ドン,トンと聞こえるⅠ音とⅡ音とがある。Ⅰ音には心室筋の緊張,僧帽弁の閉鎖,動脈への駆出の開始(これが大きいときには駆出音と呼ぶことがある),血流の加速の四つの成分があり,これらがⅠ音の成因となる。Ⅱ音は大動脈弁の閉鎖音と肺動脈弁の閉鎖音との二つの成分から成り立っている。Ⅰ音とⅡ音の間を収縮期,Ⅱ音と次のⅠ音との間を拡張期と呼ぶが,心臓が周期的に動いているかぎり,この間隔がくずれることはない。ところが不整脈が起こるとⅠ音,Ⅱ音の間隔は乱れ,鼓動が強く感じられるようになる。正常の場合はこのほかにⅡ音より約0.15秒遅れてⅢ音が発生する。これは急激に心室に血液が流入することによって生ずる低調な音である。正常な状態で記録された,これらⅠ,Ⅱ,Ⅲ音を正常心音という。心筋の異常,動脈圧の上昇などによって各音の成分の強度,時相に異常をきたすことがある。たとえば高血圧の患者でⅡ音やⅢ音の増大があれば,高血圧によって心臓に負担がかかっていると判断できる。Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ音のほか,持続の短い異常心音としてⅣ音や僧帽弁開放音などがある。Ⅳ音は心房音であるが正常の心臓ではみられず,心室に負荷が加わっているときに,たとえば心不全のときなどに発生する。また僧帽弁に狭窄があるときには,ヨットの帆が反転するような音として僧帽弁開放音を聴くことができる。
水がホースから出るときの音のように,多くの振動が続いているとき,それが心臓から発生していれば心雑音と呼ぶ。心雑音は血流速度が速く血液の流れる管が狭くなっていたり,不規則になっているときに起こる。正常な場合でも,心雑音は動脈に血液が流れるときに,短い強度の低い音として聞かれることがある。これを機能性心雑音(無害性心雑音)と呼ぶ。しかし多くの場合,耳に強く残る中等度以上の雑音は異常である。心雑音はⅠ音,Ⅱ音との関係,放散する方向,強度などによって,弁の異常,心臓内の欠損穴,心室壁の狭窄など,それぞれの部位や程度をかなり正確に判断することができる。例をあげれば,学童検診で,第4肋間胸骨左縁でⅠ音からⅡ音に続くような強い雑音があり,それが右の胸壁のほうへ放散しており,またⅡ音から離れて短い遠雷音があるときには,先天性心疾患の心室中隔欠損があると診断することができる。また成人でⅠ音からⅡ音まで続く雑音があり,それが左側胸部から背部に放散していれば僧帽弁閉鎖不全と診断できる。これらの例でわかるように,心音,心雑音の解析によって多くの先天性心疾患,心臓弁膜症を診断することが可能である。
心音の記述が初めて行われたのはW.ハーベー(1616)によってである。その時代は耳を直接に胸壁に押しつけて聴く直接法であったが,R.T.H.ラエネクによって聴診器が発明されて(1816)から心音,心雑音について多くの情報がもたらされた。しかし,まだ生理学的に心臓周期に伴う心音・心雑音の解析には至らず,心雑音が弁の障害によるものだとの判断もなされていなかった。異常な心音や心雑音が僧帽弁や大動脈弁の異常によるものであることを音の形容で表現するようになったのは1830年代以降のことである。たとえば僧帽弁狭窄の雑音は〈フッータータールルル〉と表現したりした。以後Ⅰ音,Ⅱ音の分裂(1866),Ⅲ音の発見(1905),機能性心雑音(1909)など,聴診法によって多くの発見,記載がなされてきた。一方,心音を電気的に記録するのに成功したのはアイントホーフェンWillem Einthoven(1860-1927)であり,まず心尖部でⅠ音とⅡ音を描出した(1894)。さらに彼は採音器,フィルター,記録器に改良を加え,心音図記録装置の原型を確立した(1907)。しかし長い間,聴診法により得られた情報以上に心音図記録からもたらされるものはなかった。日本では京大真下内科によって研究が開始された(1932)が,東大の山中学は世界で初めて心腔内から心音を記録することに成功した(1953)。優れた心音計の作製と心臓カテーテル法の導入によって心臓の血液循環の動態生理が解明されるに至り,今日の心音,心雑音の発生機序解明の糸口がしだいに確立していった。
心臓血管疾患の診断検査法の一つで,心音計を用いて聴診されるのと同じ心音,心雑音を記録紙上に視覚的に表示したものである。基線に上下する振動波として記録される。通常,心音が大きければ振幅が大きく描出されるが,絶対値として表現することは不可能である。心音図はフィルターによって低音あるいは中音,あるいは高音のみを選んで記録することが可能である。また記録部位を胸壁の数ヵ所に定め同時に表示することも可能である。その結果,聴診法が主観的なのに対して客観的な方法となり,聴診上判別できない音の判断が可能となる。また心電図などと同時に記録して,心音,心雑音の時相を分析するのに有用である。心臓疾患のスクリーニングとして学童検診に用いられている地域もあるが,心臓以外の雑音もすべて集録されてしまうために検査技師は熟練を必要とし,さらに聴診法が不必要になることがない点にも問題がある。
→心臓
執筆者:柳沼 淑夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
心臓は拍動に伴う弁の開閉や血流の状態の変化によって振動を生じるが、この振動は胸壁上から聴取することが可能である。これを心音という。心音は物理学的には雑音であり、さまざまな周波数成分を含むが、主として500ヘルツ以下の低周波数成分からなっている。心音は持続時間が短く、人間の耳で聴くと単一な音として聴取され、弁膜症などのときに聞こえる持続時間の長い心雑音と区別される。人間の耳の感度は500~5000ヘルツの音に対して良好であるため、心音聴取は人間の耳にとっては不利な条件下にある。これを補うための道具としてさまざまな型の聴診器が用いられている。聴診器で心音を聴取する際には、各弁膜の音の区別が容易、かつ音響エネルギー損失のもっとも少ない点として、次の四つの領域が用いられている。すなわち、(1)大動脈領域(第2肋間(ろっかん)胸骨右縁)、(2)肺動脈領域(第2肋間胸骨左縁)、(3)三尖弁(さんせんべん)領域(胸骨下端部)、(4)僧帽弁領域(心尖部)である。ただし、これらの領域は、かならずしも解剖学的な位置とは一致していない。
正常である場合は、1心周期に2個の心音、すなわち心室収縮期の初めに生じるⅠ音と、心室収縮期の終わりに生じるⅡ音が聴取される。Ⅰ音は房室弁が閉鎖する際に生じる音で、比較的高調の主節と、その前後の低調な前節・後節の3成分からなる。Ⅱ音は半月弁の閉鎖によって生じ、大動脈弁成分ⅡAと肺動脈弁成分ⅡPの2成分からなる。通常、Ⅱ音は単一の音として聴取されるが、健常者でもⅡ音が比較的広く分裂し、ⅡAとⅡPの2成分が分かれて聴取されることがある。この分裂は吸気の終わりに明瞭(めいりょう)となり、呼気時には不明瞭になる。これは呼吸に伴う静脈還流量に起因するもので、呼吸性分裂とよばれる。Ⅰ音、Ⅱ音以外の心音は過剰心音とよばれ、Ⅲ音、Ⅳ音、房室弁開放音、駆出(くしゅつ)音などがあり、多くは病気の際に聴取される。Ⅲ音は、心室が急速に充満する拡張早期に心室壁が振動することによって生じるとされ、正常でも聴取されることがある。とくに若年者に多く、30歳未満では半数以上に認められ、50歳以上では聴取されないといわれている。Ⅳ音は心房収縮に関係した音で心房音ともよばれる。Ⅲ音、Ⅳ音は心不全の際などに高率に聴取される。房室弁開放音は、健常者では聴取されないが、たとえば僧帽弁狭窄(きょうさく)症では、高調で鋭い僧帽弁開放音が聴取される。駆出音は駆出期クリックともよばれ、大動脈または肺動脈の拡張のある場合に、Ⅰ音の直後に聴取される。
[真島英信]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…狭心症の診断に用いる運動負荷試験のうちエルゴメーターやトレッドミルによる場合は,予測最大心拍数またはその80%くらいに達するまで負荷を行い,心電図変化を評定する。
[心周期と心音,血行動態]
心臓のポンプ機能の基本となる1回の心拍動(これを心周期という)は,収縮期と拡張期からなる。心周期に伴い左右の心房・心室の容量と内圧には一連の変動が起こり,房室弁・動脈弁が開閉し,心音が発生し,一定量の血液が拍出される(ここで拍出される血液の量を一回心拍出量という)。…
※「心音」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新