生れつきの心臓および大血管の構造上の異常,すなわち奇形をいう。先天性心疾患をもって生まれてくる子どもの数は,出生1000に対して6~10と推定されており,学童期になると1000人中約2人となる。この間の減少は乳幼児期に死亡するものの多いことと,心室中隔欠損の自然閉鎖による。いずれにしても小児期の心臓病の大多数を占めるものである。
原因は一般的には遺伝と環境の相互作用と考えられているが,個々の患者で原因を明らかにすることは困難なことが多い。遺伝形式は多因子性遺伝といわれ,複数の遺伝子によって病気の発生しやすさが規定される。このような形の遺伝的素因をもっているところへ,心臓の形成段階でなんらかの環境的要因が働くと奇形を生ずる。心臓は在胎3週から10週の間に,最初管状の構造物であったものが,屈曲,ねじれ,隔壁の形成など非常に複雑な過程を経て形成される。したがって,この期間になにかの影響が母体に加わると,正常な形成が障害されて奇形を発生する可能性がある。環境的要因として重要なのは,ウイルス感染と薬剤である。ウイルスとしては風疹ウイルスが知られており,薬剤としてはサリドマイドが有名であるが,このほかのウイルスや薬剤についても,奇形発生の原因になる可能性はある。
多因子性遺伝による場合のほかに,ヌーナン症候群やマルファン症候群などのような単一遺伝子による遺伝性疾患において,心臓病を合併しやすいことが知られている。また染色体異常であるダウン症候群(21トリソミー)では約50%の頻度で先天性心疾患を合併し,とくに心内膜床欠損を伴いやすい。13トリソミーや18トリソミーではさらに高率に心臓奇形を伴っている。
先天性心疾患はまれなものまで挙げれば非常に多くの種類があるが,日常比較的よくみられる病気の種類は10種類程度である。それらはさまざまな立場から分類されているが,従来よく行われているのは,チアノーゼを示す群(チアノーゼ性先天性心疾患)と示さない群(非チアノーゼ性先天性心疾患)に分けるものである。前者にはファロー四徴症,完全大血管転位,総肺静脈還流異常,三尖弁閉鎖,右胸心などがあり,後者には心室中隔欠損,心房中隔欠損,心内膜床欠損,動脈管開存,肺動脈狭窄,大動脈狭窄,大動脈縮窄などが含まれる。ただしチアノーゼの有無は決定的な違いではなく,前者に分類される疾患においても,ほとんどチアノーゼのみられない例もあり,また後者に分類される心室中隔欠損などにおいても病気が進行した状態においてはチアノーゼが現れることもある。
症状の現れ方は疾患の種類により,また重症度によりさまざまで,生後数日以内に重篤になるものがある一方,小児期をまったく無症状で過ごす例もある。症状はさまざまであるが,おもなものは心不全とチアノーゼである。先天性心疾患による心不全は,新生児期,乳児期に起こりやすく,哺乳力不良,体重増加不良,不機嫌,多汗,呼吸が速く苦しそう,永く続く咳などの症状で現れる。生後最も早期に心不全を呈する疾患は,左室低形成症候群,完全大血管転位,大動脈縮窄症候群などで,生後数ヵ月以後になると心室中隔欠損などが多い。
先天性心疾患によるチアノーゼは,静脈血が動脈血に混じって全身の動脈を流れるために皮膚や粘膜が青紫色に見えるもので,口唇や手指,足のつめに現れやすい。チアノーゼの現れる時期もさまざまで,生まれてすぐからみられる場合もあり,生後数年して現れる場合もある。
先天性心疾患の多くは,心臓に雑音があり,健康診査などの際に心雑音で発見されることも多い。診断は,経過を聞くこと(問診),身体の診察,とくに聴診,胸部X線,心電図,心エコー図などの所見を総合して行われ,確定的な診断は心臓カテーテル法,心血管造影検査によって得られることが多い。
(1)心室中隔欠損 心室中隔に穴(欠損孔)のあいている疾患で,先天性心疾患のうち最も数の多いものである。通常欠損孔を通って左心室から右心室に血液が流れ(左右短絡),右心室で静脈血といっしょになって再び肺に流れていくために肺を流れる血液量が増加する。欠損孔の大きさによって重症度が決まり,小さい欠損の場合は無症状で経過したり,自然に閉鎖して治ってしまう場合もある。大欠損では乳児期早期より心不全症状を呈する。多量の短絡が続くと肺動脈内の血圧が上昇し(肺高血圧),肺の小動脈の壁に変化が起こって血液が流れにくくなり,肺高血圧がさらに進行する。このような状態では左右短絡はむしろ減少し,ついには欠損孔を通る逆方向の短絡(右左短絡)を生ずるようになりチアノーゼが現れる。この状態に至ったものをアイゼンメンジャー症候群Eisenmenger syndromeという。
(2)心房中隔欠損 心房中隔に欠損孔があって,そこを通って左心房から右心房へ血液が短絡するものである。小児期は無症状で過ごす例が多いが,成人になってから症状を現し,成人の先天性心疾患のうち最も多いものである。
(3)心内膜床欠損 心臓発生の過程で,心房・心室中隔の一部,僧帽弁・三尖弁の形成に関与する心内膜床という部分の形成が完全でない場合に発生する奇形である。心房中隔欠損,心室中隔欠損,僧帽弁閉鎖不全,三尖弁閉鎖不全などがいろいろな組合せで生ずる。
(4)動脈管開存 ボタロ動脈管は胎児の大動脈と肺動脈の間を連結している血管で,胎児循環において重要な働きをしているが,正常では生後1日以内に閉鎖してしまう。これが開いたままになっている状態を動脈管開存といい,動脈管を通じて大動脈から肺動脈への血液の左右短絡を生ずる。
以上挙げた(1)~(4)の疾患は左右短絡を有する疾患の代表的なものである。
(5)肺動脈狭窄 右心室から肺動脈が出る出口のところが狭くなっている疾患で,肺動脈弁が肥厚し,癒着し合って弁口を狭めている弁狭窄が多い。狭窄があるため右心室内の血圧が高くなり,肺動脈と右心室の間に圧の較差を生じ,この圧較差が狭窄の程度を反映する。
(6)大動脈狭窄 左心室と大動脈の間に狭窄のあるもので,大動脈弁の狭窄が多いが,弁上部の狭窄や弁下部の狭窄もある。左心室圧が高くなって大動脈圧との間に圧較差を生ずる。中等度以上の大動脈狭窄は,失神発作や狭心症を起こしたり,運動中突然死の原因になることがあるので注意が必要である。
(7)大動脈縮窄 大動脈の一部が限局性に狭くなっているもので,狭窄部位は大動脈弓から下行大動脈への移行部付近で動脈管付着部位の前後にある。狭窄が動脈管付着部より近位部にあるもの(管前型)は,動脈管開存,心室中隔欠損などを伴い,新生児期,乳児期早期に重症になるもので,大動脈縮窄症候群と呼ばれる。動脈管付着部より遠位にあるもの(管後型)は,合併心奇形は少なく,年長児,成人になって症状を示す。
(8)ファロー四徴症 チアノーゼ性先天性心疾患の代表。詳細は〈ファロー四徴症〉の項を参照されたい。
(9)完全大血管転位 右心室から大動脈が,左心室から肺動脈が出ている奇形で,これのみでは静脈血がそのまままた全身に流れていき,肺静脈血(肺で酸素化された血液)がまた肺へ流れていくので生存できないが,通常心房間・心室間の欠損孔あるいは動脈管を通じて動脈血と静脈血がある程度混合する。生後まもなくからチアノーゼが高度となり心不全を呈する重篤な疾患である。
(10)総肺静脈還流異常 すべての肺静脈が上下の大静脈あるいは右心房に連結している奇形で,肺静脈血が右心房に還流し,静脈血と混合したうえで一部が心房中隔欠損を通って左心房,左心室を経て大動脈に出ていく。乳児期早期からチアノーゼと心不全を示す重篤な疾患である。
(11)三尖弁閉鎖 右心房右心室間に直接の連絡がなく,上下の大静脈からの静脈血はすべて左心房に入り,そこで肺静脈血といっしょになって左心室に流入する。左心室から一部の血液が心室中隔欠損より小さく痕跡的な右心室を通って肺動脈に出ていく。やはりチアノーゼを呈する疾患である。
(12)右胸心 心臓の大部分が右の胸郭内にあって心尖を右に向けているものを右胸心という。腹部内臓や肺も左右関係が正常と逆になっている場合(鏡像右胸心)と,腹部内臓や肺の左右関係は正常の場合(孤立性右胸心),および無脾症,多脾症に伴う場合とがある。前者は心臓内奇形を伴わないことが多いが,後2者は複雑重症な心臓奇形を伴っており,チアノーゼを呈することが多い。
心不全やチアノーゼ発作などの症状に対しては内科的に治療する。先天性心疾患は,未熟児の動脈管開存と心室中隔欠損の自然閉鎖を除いて,自然に治癒するということはないので,治すためには手術をしなければならない。しかし全例が手術を必要とするわけではなく,無症状で経過し予後のよいものは手術を要しない。小児期に重症になる例,あるいは放置すると将来進行して手遅れになる可能性のある例について,小児期に手術を行う。手術は年々進歩しており,より重症,複雑な奇形に対しても手術が行われ,生存の機会が得られるようになってきた。たとえば完全大血管転位などは放置すれば生後1年の間に約90%の患者が死亡するが,新生児期の大血管置換術が成果をあげている。
→心臓
執筆者:柳沢 正義
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
先天性心疾患とは、心臓あるいは心臓のまわりの血管の構造が生まれつき異常な病気です。とても多くの種類があり、個々の疾患については各論に譲りますが、全体では約100人の新生児に1人の割合で認められるほど頻度の高い疾患です。心臓だけでなく、手足や顔の奇形など、他の先天的な異常を伴うこともあります。
胎児の心臓は、遺伝子に組み込まれたプログラムに従って、いくつもの遺伝子が、必要な時期に、必要な場所で、必要な量だけ、正確にはたらくことにより形成されていきます(心臓の発生)。この心臓の発生は、折り鶴を折る過程にたとえることができます。どの段階で折りたたみ方を間違えても、正しい鶴はできあがりません。心臓は、受精後3週ころより形成が始まり8週ころまでにほぼ原型ができあがります。この時期に何らかの胎内環境要因が心臓を作る遺伝子のはたらきに影響しても、やはり先天性心疾患の原因になります。
ですから、ほとんどの先天性心疾患は、遺伝的要因と環境要因が作用し合い、その両者の作用の合計がある
遺伝的要因としては、遺伝子異常や染色体異常、環境要因としては、先天性ウイルス感染(
なかには、ひとつの遺伝子の異常が原因で発症する先天性心疾患(単一遺伝子病)もありますが、その場合でも、同じ家系で同じ遺伝子異常をもっていても同じ型の心疾患になるとは限りません。逆に、まったく異なる遺伝子の異常で、同じ型の心疾患を発症することもあることがわかってきました。
先天性心疾患の原因の内訳は、既知の単一遺伝子異常や染色体異常などの明らかな遺伝的要因によるものが約13%、胎児期の感染や薬剤等の催奇形因子や環境要因によるものは約2%といわれています。残りの85%では、はっきりした原因がわかりません。
先天性心疾患を合併しやすい症候群のなかで、染色体異常および遺伝子異常が原因であることが明らかとなっているものには、ダウン症候群(21番染色体トリソミー)、ターナー症候群(X染色体モノソミー)、22q11.2欠失症候群(22番染色体長腕部分欠損、TBX1遺伝子異常)、ウィリアムズ症候群(7番染色体長腕部分欠損)、ホルトオーラム症候群(TBX5遺伝子異常)、アラジール症候群(JAG1遺伝子異常)、 ヌーナン症候群(PTPN11遺伝子異常、KRAS遺伝子異常、RAF1遺伝子異常ほか)などがあります。これらの疾患の多くは、心臓以外にも特徴的な症状を認めます。
単一遺伝子異常や染色体異常によるものを除くと、一般的に、先天性心疾患の患児が1人生まれた場合、次の子が何らかの先天性心疾患を発症する確率は2~5%であり、一般に比べやや高くなることがわかっています。また、親が先天性心疾患をもつ場合に子どもが先天性心疾患を発症する確率もほぼ同様です。
先天性心疾患についての遺伝学的検査には、染色体検査、FISH検査、遺伝子配列解析などがあります。
小児科、小児循環器科を受診します。
森崎 裕子
先天性心疾患とは、生まれつき心臓に何らかの異常を認める病気です。さまざまな異常があり、その種類により診断名が決められています。1000人あたり6~10人に認められます。
心臓は血液を体中に循環させるポンプとしてはたらいています。主に
これらの部屋、壁、弁、血管のつながり方などに異常が認められる場合、血液の循環に異常を来し、心臓や肺、体に負担がかかるため、さまざまな症状を示します。
原因としてわかっているものは単一遺伝子病、染色体異常、先天感染(
しかし先天性心疾患の多くは
先天性心疾患の成因のうち2~3%が単一遺伝子病、染色体異常によると考えられています。近年の遺伝子技術の進歩に伴い、新たな遺伝子異常の解明が進むものと考えられます。
疾患によりさまざまです。以下に解説する各疾患の項目を参照してください。
代表的な症状としては、母乳やミルクを飲む量が少ない、体重の増え方が少ない、呼吸の数が多い、汗が多い、体の色がさえないなどがあげられます。
X線検査、心臓超音波検査、心電図、血液検査、心臓カテーテル検査が、必要に応じて行われます。とくに心臓超音波検査は、痛みもなく有用です。
近隣の小児科を受診します。先天性心疾患が疑われたら、診断のため検査が行われます。
受診した病院で診断、治療が難しい場合は、それが可能な病院へ紹介されます。その後は主治医の指示を受けてください。
朴 直樹
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
小児心疾患のうち、乳幼児にみられるもっとも重要な疾患で、代表的なものは心臓奇形である。
[編集部]
…心臓弁膜症とは,この四つの弁自体あるいはその弁の支持組織になんらかの障害が加わり,血流を一方向へ流すという弁本来の生理的な役割が失われ,その結果,心臓ポンプ機能が障害された状態をいう。心臓弁膜症の診断が聴診によってのみ行われた時代,すなわち心音図(心音)や心エコー図,心臓カテーテル法などの診断法が確立される以前の時代には,被検者から異常心雑音を聴取すればそれのみで心臓弁膜症と診断されたため,先天性心疾患,無害性の心雑音をもそのなかに含んでいることが多かった。しかし聴診法の進歩と上記診断法の発展によって,弁の障害のされ方には弁口が狭くなる弁狭窄,および弁の閉鎖が完全でなく逆流を生ずる弁閉鎖不全があり,ときに両者が一つの弁に同時に起こることが明らかとなった。…
※「先天性心疾患」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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