1927年製作の伊藤大輔原作・脚本・監督の時代劇映画で,〈第一部甲州殺陣篇〉〈第二部信州血笑篇〉〈第三部御用篇〉からなる三部作。伊藤大輔の証言によれば(加藤泰編《時代劇映画の詩と真実》),当時,日活の〈重役さん〉と呼ばれた大スター尾上松之助が,〈仁義に富んだ〉忠次を演じた任俠映画に対して,これは〈無頼漢〉の忠次映画であるとして当初,反対されたため,企画を実現するためにまず初めに〈第一部甲州殺陣篇〉と題する〈無意味な〉立回りを撮り,のちに三部作をまとめて,再編集をするとき切り捨ててしまったという。〈第三部御用篇〉は,伊藤大輔が唐沢弘光カメラマンと組み,〈移動大好き〉と呼ばれて時代劇のスタイルに新風を吹き込むことになる名コンビの第1作である。
上州の博徒国定忠次(大河内伝次郎)が,役人に追われて流浪し,周囲の人間に裏切られ,落ちていく悲劇を描く。その底に流れているのは権力に対する反抗の思想で,忠次が命をかけてたたかう相手は御用ちょうちんに象徴される権力である。最後まで抵抗を試みたが命運つきて捕えられ,病める体を戸板にのせて運ばれる忠次の姿は,戦争の足音が近づいてくる当時の抑圧された重苦しい空気のなかで,〈死ぬ時代劇〉の悲壮美というかたちで,名状しがたい強烈な印象をあたえたといわれる。
執筆者:柏倉 昌美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本映画。1927年(昭和2)作品。脚本・監督伊藤大輔(だいすけ)。三部からなるサイレントの時代劇で、それぞれ独立して公開された。第一部「甲州殺陣篇(へん)」、第二部「信州血笑篇」、第三部「忠次御用篇」。チャンバラ映画の伝統を破棄し、伊藤大輔創案の人間忠次(国定忠治)を斬新(ざんしん)な手法で描いたサイレント映画時代劇の金字塔ともいうべき傑作。第一篇は、甲州に逃げ込んだ忠次が、家長の死後旧家の財産を横領する悪人たちを退治して行方も知れず旅立ついきさつ、第二篇は、子連れの忠次が信州で落魄(らくはく)の苦悩を嘆く挿話、第三篇は、追われる身の忠次がやっと村に帰ったところを捕らえられる顛末(てんまつ)を描く。大河内伝次郎(おおこうちでんじろう)の忠次の熱演はもとより、伊藤大輔の流通自在の技術が見ものである。
[飯島 正]
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…そして尾上松之助の死後,河部五郎を後継スターとして時代劇を量産するうち,まもなく日活が時代劇における決定的な大変革をもたらした。すなわち,〈時代劇〉の呼称を生み出した伊藤大輔がみずからの脚本,監督のもと,《長恨》に続いて新スター・大河内伝次郎と組んだ《忠次旅日記》三部作(1927)の出現である。この作品は,あくまで時代劇ならではの手法を駆使して1人の無法者の流転と敗残の姿を描きつつ,現代的ともいえる人間の感情をなまなましく表現して,時代劇を超える時代劇として絶賛され,以後,日本映画史上の最高傑作の一つとみなされている。…
※「忠次旅日記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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