思考心理学(読み)しこうしんりがく(英語表記)psychology of thinking

日本大百科全書(ニッポニカ) 「思考心理学」の意味・わかりやすい解説

思考心理学
しこうしんりがく
psychology of thinking

思考の心理学的な研究は、問題解決、方略、推理理解表象(心像、観念概念などを含む)、知識など、広く思考に関連するさまざまな現象をその対象としている。

[梅本尭夫]

歴史

心理学史上その研究の歴史は古く、19世紀の末に感覚や記憶の研究に続いて研究対象として取り上げられたが、当時の意識心理学の流れのなかでは、内省によって観察することのできない無心像思考過程をめぐって論争がおこり、はたして思考そのものが科学的心理学の対象になりうるかどうかについての方法論的な疑念がもたれた。しかしウュルツブルク学派を中心として、知識に基づいた思考過程を対象とした徹底的な意識心理学的分析が行われ、ここに思考心理学の基礎は築かれた。またイギリスを中心とした推理や分類を含む知能検査の資料の統計的分析による研究、ドイツのケーラーによる類人猿ニワトリの問題解決過程の研究、スイスピアジェによる児童の思考と知能発達に関する研究、アメリカにおける行動理論の延長としての媒介理論による思考研究などが思考心理学の内容を充実させた。1960年代以降はコンピュータ進歩に伴い人工知能の研究も含めた認知心理学が発達し、思考心理学はほぼその枠組みのなかで研究されるようになった。

[梅本尭夫]

分野

次に思考心理学の各分野をみると、まず問題解決の過程については、いくつかの段階があることがわかっている。すなわち、準備段階、問題と目標の把握、解決方向の把握、洞察またはひらめきの段階、などである。途中で一時休止に似た状態が現れることがある。問題解決の間に得られる情報の処理の仕方には、いくつかの方略があり、課題や個人によって異なる。課題が困難な場合や個人の能力が低い場合には試行錯誤がみられ、課題が容易な場合や個人の能力が高い場合には直観や見通しまたは洞察による思考がみられる。このように思考を経験の積み重ねによって徐々に正解に達するという考え方と、直観によって一挙に正解に達するという考え方の対立はつねに存在する。新しい概念を獲得することを概念形成、問題となっている概念が既知のどの概念に相当するかを確認することを概念達成というが、それらの過程においてみられる仮説検証とそこで用いられる方略は詳しく研究され、多数の事例を絶えず参照して検討する走査型方略と、一個の正事例を根拠として推論を進めていく焦点方略、および年少者にみられる賭(か)けのような方略のあることがわかっている。概念形成の難易は連言、選言、離接など、概念の型によって異なる。また概念発達については、子供たちは生活のなかで出会うさまざまな事例のなかから共通属性を抽象して概念を形成していくのではなく、プロトタイプ的概念(たとえば動物であればイヌやネコのようなもの)をまず形成し、それを核として概念を成長させていくことがわかっている。帰納、演繹(えんえき)などの推理過程については、人間はかならずしも論理的に推論を進めていくのではなく、問題の型や文脈に左右されやすいことは明らかである。このような推理過程について認知心理学的なモデルがいくつか提出されている。

[梅本尭夫]

『矢田部達郎著『思考心理学』全5巻(1948・培風館)』『佐伯胖編『推論と理解』(『認知心理学講座3』 1982・東京大学出版会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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