ドイツの教育学者フレーベルが1837年創作した乳幼児用の教育玩具(がんぐ)。造物主としての神の似姿として生まれる人間に内在する創造性をはぐくむにふさわしい道具として、神の恩恵を得て賜ったものという意味から、ガーベGabe(ドイツ語)と名づけられた。明治の初め、日本で幼稚園が創設されるにあたり、フレーベルの幼児教育論が紹介され、1876年(明治9)東京女子師範学校附属幼稚園監事(園長)関信三によってガーベが恩物と訳された。
実物を模して製作される定型玩具と異なり、20種類のすべてが、立方体、長方体などの積み木的なもの、板、棒、紐(ひも)、切り紙、畳み紙、折り紙など素材的なものである。単純ではあるが基本的な形のもので、それらを使って多様なものをつくりだすことのできる玩具である。いずれの種類の恩物を用いても、数、形、大きさ、色など対象を認識する基本的な概念を得ることができる。また、身近ないろいろなものをつくりだすことによって、それらの名称、用途など広く生活の知識を得ることができる。さらに、いろいろな模様をつくることによって美しさについて知り、感じることができる。恩物を自由に用いて楽しく遊びながら、しかも、認識、生活、美の各面について豊かな経験が展開するよう、親、幼稚園教師は、子供の恩物による活動を見守り、適切な助言と励ましを行うことが必要である。教師の指示どおりに恩物を操作させたりする形式主義が現れ、恩物批判がおこったが、本来の理念は広く認められている。
[岡田正章]
幼稚園の創始者フレーベルが1830年代に考案製作した一連の教育的遊具。ドイツ語ガーベGabeの訳語で,神から授けられたものという意味の語であり,彼の独自な宗教的世界観と,子どもの自己活動的な遊びを重視する教育思想とに深く結びついている。恩物は20のシリーズからなり,幾何学的な基本形から始まり,具象的なものに及んでいる。日本にも1876年の幼稚園創設とともに導入され,実際の幼児保育に用いられてきた。19世紀末に,ホールG.S.Hallら心理学者により,その象徴主義の面が批判され,フレーベルとその弟子たちによって考案された本来の恩物の使用はすたれていったが,積木を典型とする遊具は,恩物の変形として今日なお広く幼児教育の場で用いられている。
執筆者:平野 正久
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…つまり手品の材料に折紙が使われたということである。レグマンの探索レポートには1870年代の話が出ているが,これよりずっと以前,折紙遊びは海外へ伝えられていたことは確かで,幼稚園教育の創始者F.フレーベルが幼児教材(恩物(おんぶつ))の一つにこれを採用していることからもそれは明らかである。ここで注目すべきは,フレーベルの恩物への採択主旨が,初等幾何の基本教材としての評価による点である。…
…一方,外国においても,玩具を表す言葉,たとえば英語のtoyには〈くだらないもの〉,フランス語jouetには〈わらいものになる〉という意味がある。18世紀ころから,子どもの人権を認める風潮がしだいに生まれ,玩具の教育的意義づけがされる中で,ドイツのF.フレーベルは自らの考案した玩具を〈ガーベGabe(恩物)〉と呼んだり,イタリアのM.モンテッソリはやはり自ら開発した玩具を〈マテリアmateria(教具)〉と表現したりした。日本でも,明治中期に〈教育玩具〉という言葉が生まれている。…
…ホオノキ,カツラなどの木片を着色して,描画した家や乗物などのセットになっているものが多く市販されている。積木はフレーベル以前にもおもちゃとしてあったと考えられるが,彼が1830年代に20種類の恩物を考案制作し,そのなかの第3恩物から第6恩物までに積木を取り入れている。恩物としての積木は着色せず,生地のままのもので,そのなかでもフレーベルの積木,イタリアの女流教育家であったモンテッソリ考案のもの,またイギリスのヒルの積木などが有名である。…
…そこでの実践経験にもとづく教育学的思索の結晶として,26年に主著《人間の教育Die Menschenerziehung》を公刊した。32年から4年間,スイスの教育諸施設で活躍したが,36年に帰国し,幼児期の教育を重視する立場から,まず翌37年より教育遊具である恩物Gabeの考案と製作に没頭し,さらに39年,ブランケンブルクに〈自己教授と自己教育とに導く直観教授の学園〉として幼児教育施設を設立し,翌40年〈一般ドイツ幼稚園Der Allgemeine Deutsche Kindergarten〉と命名した。幼稚園Kindergarten(子どもの園)という名称が人類教育史上初めて使用されたのである。…
※「恩物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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