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惟宗直本 これむねなおもと

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

惟宗直本
これむねなおもと

平安時代初期の明法博士。もとの姓は秦公 (はたのきみ) 。元慶7 (883) 年惟宗朝臣と改姓。清和天皇から醍醐天皇にいたる5代の天皇に仕えた。編書に『律集解』『令集解』がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

惟宗直本 これむねの-なおもと

?-? 平安時代前期-中期の官吏。
讃岐(さぬき)(香川県)の人。元慶(がんぎょう)元年(877)兄直宗(なおむね)らとともに本籍を京都にうつし,7年秦公(はたのきみ)をあらため,惟宗朝臣(あそん)の氏姓をあたえられる。勘解由(かげゆ)次官などを歴任し,明法(みょうぼう)博士をかねる。寛平(かんぴょう)のころ藤原時平のために「検非違使(けびいし)私記」をあらわした。著作に「令集解(りょうのしゅうげ)」「律集解」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

惟宗直本

生年:生没年不詳
平安初期の明法家。もとの姓は秦公。本籍は讃岐国香川郡(高松市)。元慶1(877)年12月,兄直宗と共に平安京左京六条に京貫され,同7年12月には惟宗朝臣と改姓した。右衛門少尉などを経て寛平年間(889~898)検非違使に任じられ,在任中,時の別当藤原時平の命で『検非違使私記』2巻を選述するなど(『政事要略』),武官としての実績をつむ。延喜7(907)年明法博士となり,その後自邸で律令を講じることが許されるほどの地位を得,『二中歴』(鎌倉末期成立)には10大法律家のひとりに数えられている。養老律令の注釈書『令集解』50巻,『律集解』30巻などを編集したが,『令集解』のみ残欠ながら伝存し,律令研究の必須の史料。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

これむねのなおもと【惟宗直本】

平安時代の明法家(律令学者)。生没年不詳。もと秦公(はたのきみ)の姓で,讃岐国香川郡の出身。877年(元慶1),兄の直宗(なおむね)とともに本居を改めて平安京左京六条に貫せられ,883年惟宗朝臣の姓となる。検非違使右衛門尉,勘解由次官等に任じ,902年(延喜2)には主計頭兼明法博士であったことが知られる。明法道よりおこして斯界の重鎮となり,晩年,宣旨をたまわって私第において律令を講じた。これは,かつて文徳天皇から〈律令の宗師〉とたたえられた讃岐永直(さぬきのながなお)が,その晩年にやはり私第で律令を講じた先例を襲ったものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

惟宗直本
これむねのなおもと

生没年不詳。平安前期の官人で明法家(みょうぼうか)。877年(元慶1)兄直宗(なおむね)とともに本貫を讃岐(さぬき)国(香川県)香川郡から平安京の右京六条に移し、883年、一族とともに秦公(はたのきみ)を改めて惟宗朝臣(あそん)の姓を賜った。清和(せいわ)、陽成(ようぜい)、光孝(こうこう)、宇多(うだ)、醍醐(だいご)の5天皇に仕え、弾正忠(だんじょうのちゅう)、右衛門少志(うえもんのしょうし)、検非違使右衛門尉(けびいしうえもんのじょう)、勘解由使次官(かげゆしのすけ)を経て主計頭(かずえのかみ)となり、明法博士(はかせ)を兼任。法律学者として私邸で律令(りつりょう)を講ずる栄誉に浴した。同時に検非違使別当を兼ねた左大臣藤原時平(ときひら)の諮問に答え、刑政の実際にも深く関わっている。
 その撰述(せんじゅつ)著作には『令集解(りょうのしゅうげ)』『律集解(りつのしゅうげ)』『検非違使私記』などがある。散逸したものが多いなかで、27巻を伝え残す『令集解』は、律令時代の法律学のみならず、その運用の実態を示し、さらに母法となった唐令の条文を復原する貴重な史料となっている。[谷口 昭]
『布施彌平治著『明法道の研究』(1966・新生社)』

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世界大百科事典内の惟宗直本の言及

【律令法】より

…《令義解(りようのぎげ)》はこうした気運のなかで撰定された公的注釈書である。その後,公的な律令講書が貞観(859),延喜(年未詳),長保(999)の3回開かれたことが知られており,またその間に惟宗直本(これむねのなおもと)によって《律集解》《令集解》が編纂されたが,以後は律・令の全篇にわたる注釈書はみられず,律令学はわずかに惟宗氏,坂上氏,中原氏などに家学として伝えられたにすぎなかった。降って室町時代に一条兼良は《令抄》を著したが,これも古来の注釈を摘記したものにすぎない。…

【令集解】より

…しかしそのなかには,《令集解》ではない〈令私記〉(個人の著した令の注釈書)が3巻含まれている。編者は,9世紀末から10世紀はじめにかけて明法博士(みようぼうはかせ)に任じ,明法道(律令学)の重鎮と目されていた惟宗直本(これむねのなおもと)。編纂の時期は明らかではないが,860年代ころとみられる。…

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