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慎機論 しんきろん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

慎機論
しんきろん

政治書。渡辺崋山著。天保8 (1837) 年アメリカ船『モリソン』号が来日した際,江戸幕府は文政異国船打払令により退去させたが (→モリソン号事件 ) ,崋山は海外情勢にうとい幕府の処置を同9年本書により批判,同年未定稿のまま脱稿した。この著書のため崋山は翌年,蛮社の獄で処置された。『崋山全集』所収。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんきろん【慎機論】

渡辺崋山の著。1巻。1838年(天保9)10月15日,尚歯会の席上で近く漂流民を護送して渡来する英船モリソン号に対し,幕府が撃攘策をもって臨むといううわさを耳にした崋山が,これに反対して著したもの。もっとも,内容が過激なことに気がついて途中で筆を絶ち,公開しなかった。しかし蛮社の獄(1839)のさい,幕吏が崋山の自宅を捜索して,これを発見し,そのため崋山は幕政批判のかどで処罰された。《崋山長英論集》《崋山全集》などに収録。

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大辞林 第三版の解説

しんきろん【慎機論】

経世書。一巻。渡辺崋山著。モリソン号に対する幕府の政策を批判して1838年に書かれたが途中で筆を絶ち、未公開。蛮社の獄で処罰される原因となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

慎機論
しんきろん

江戸後期の画家で思想家の渡辺崋山(かざん)が1838年(天保9)10月15日に高野長英(ちょうえい)らと参加した蘭学(らんがく)グループ尚歯会(しょうしかい)の席上で、近く漂流民を護送して再来日する「イギリス船モリソン号」(イギリス船というのは、オランダ商館が幕府に提出した風説書に基づく誤報で、事実としてはアメリカ商社の社船であった)に幕府はふたたび撃攘(げきじょう)策で対応するという噂(うわさ)を知り、これに反対して執筆した一文である。長英の『戊戌(ぼじゅつ)夢物語』(『夢物語』)と類同するが、打払令そのものに反対した長英とは異なり、頑迷な鎖国封建体制に対して、遠州大洋中に突き出した海浜小藩たる田原藩の藩政改革に関与する、現実的政治家崋山の批判を中心にしている。モリソン号に象徴される(『夢物語』と同様に、ここでも船名を人名と誤っている)イギリスの国情を詳述し、「今国家の拠(よ)る所海にあり」と「海船火技」の科学技術に注目した。ここから鎖国日本の現実を批判し、封建的太平の体制下にはびこる賄賂(わいろ)政治などを慨嘆した。「慎機」とは、かかる世界史の時勢にきざしたモリソン号来航に、為政者の慎重な対応を期すことであった。崋山は執筆を中断し秘して余人に見せなかったが、尚歯会への弾圧事件とされる蛮社の獄で、幕吏によって崋山宅から発見された。[藤原 暹]
『佐藤昌介校注「慎機論」(『日本思想大系55 渡辺崋山他』所収・1971・岩波書店)』

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世界大百科事典内の慎機論の言及

【蛮社の獄】より

…鳥居を崋山らの弾圧に踏みきらせたのは,モリソン号事件とこれにつづく江戸湾防備の問題である。1838年10月〈英船〉モリソン号渡来の風説を知った崋山は《慎機論》を書き,また長英は《夢物語》を書いて,予想される幕府の撃攘策に反対した。他方,幕府もこの風説に刺激されて,江戸湾防備体制の強化をはかり,目付鳥居と代官江川に命じて,江戸沿海を調査させた。…

※「慎機論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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