日本大百科全書(ニッポニカ) 「戸谷成雄」の意味・わかりやすい解説
戸谷成雄
とやしげお
(1947― )
彫刻家。長野県生まれ。1975年(昭和50)愛知県立芸術大学大学院彫刻専攻修了。大学在学中は国画会を主な発表の場として具象的な作品をつくっていたが、ほどなく木の板、木のブロックに最終的なかたちを想定せず、丸刀で彫り続ける作品を始める。さらに、コンクリートや石、生ゴムなど異質な素材を併用し、1974年の初個展(ときわ画廊、東京・日本橋)で『POMPEI Ⅰ・79』を発表した。同作は、イタリア、ポンペイの灰に埋もれた事物や、その物質性とフォルム、またモニュメント性に「彫刻的なるもの」の記憶を探った作品で、その後の仕事の原型となった。
戸谷には、イメージを設定し、それに向かって素材を対象化していく従来の「彫刻」の伝統を批判的に見直そうという意識が活動初期からあった。彫刻技法には、対象を彫り削るカービングと、粘土で塑型するモデリングがある。戸谷は、両者を一つにした「直(じか)付け」彫刻に興味を抱き、石膏を中間素材として、カービングとモデリングを交互に行えると考えた。そして、石膏材に木や鉄棒、鉄の平角材を合体させ、削り取られた剥(む)き出しの木肌や鉄材の錆などを露出させるために形態や量塊をかたどり、彫り出すのではなく、素材が変化していく時間とそれを取りまく空間との関係を示す作品の制作に向かった。
以後、石膏と木材(角材、垂木、貫板、枝)との組み合わせはニュアンスを変えつつ、継続する。80年ごろには、基底部を石膏で直付けし角材を組み上げる「《構成》から」シリーズ、また石膏と角鉄筋を合わせて単体とする「《彫る》から」シリーズを開始して、独自の表現を行った。さらに、80年代なかばからつくられた「森」「気配」「湿地帯」シリーズで、木材の表面をのみやグラインダーで細かに切り刻む方法を確立した。これらのタイトルは、いずれも自然が成長と変化・変質を繰り返しながらも、神秘的な「深さ」を保つ「現象」を指す。戸谷は、そういった自然と人間に介在する記憶を、彫刻行為という実践によって紡ぎだした。国際展への参加は、ベネチア・ビエンナーレ(1988)、ミッデルハイム・ビエンナーレ(1989、アントウェルペン)、個展には「戸谷成雄――視線の森」展(1995、広島市現代美術館)、「戸谷成雄――さまよう森」展(2001、国際芸術センター青森)などがある。
[高島直之]