奈良市雑司(ぞうし)町手向山に鎮座。祭神は、中殿に応神(おうじん)天皇、左殿に比売神(ひめがみ)、右殿に仲哀(ちゅうあい)天皇、神功(じんぐう)皇后を祀(まつ)り、東大寺八幡宮(はちまんぐう)ともいう。745年(天平17)聖武(しょうむ)天皇の発願で東大寺が創建され、751年(天平勝宝3)本尊の盧舎那仏(るしゃなぶつ)を安置する大仏殿が完成していく過程で、749年(天平勝宝1)、大仏造立に神験のあった八幡神を豊前(ぶぜん)(大分県)宇佐より勧請(かんじょう)し、東大寺境内の梨原(なしはら)の地に祀(まつ)ったのが当社の創建。1180年(治承4)平重衡(しげひら)の東大寺焼打ちで焼失した当社は、源頼朝(よりとも)の東大寺再建の際、手向山の麓(ふもと)の現社地に遷(うつ)し造営された。旧県社。社宝のうち唐鞍(からくら)一具は国宝、舞楽面23面、神輿(みこし)、摂社住吉社本殿は国の重要文化財。例祭は10月5日。
[白山芳太郎]
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