内科学 第10版 「抗リン脂質抗体症候群」の解説
抗リン脂質抗体症候群(リウマチ性疾患)
血栓症および妊娠合併症の患者に,抗リン脂質抗体という自己抗体の存在が証明されたとき,抗リン脂質抗体症候群とよぶ.抗リン脂質抗体とはリン脂質あるいはリン脂質結合蛋白に対する自己抗体,またはリン脂質依存性凝固反応を抑制する免疫グロブリン(lupus anticoagulant:LA)との総称である(Atsumi, 2010).
分類
抗リン脂質抗体症候群は単独で発症すれば原発性抗リン脂質抗体症候群と分類され,全身性エリテマトーデスの一部分症として発症する場合は続発性抗リン脂質抗体症候群とよばれる.特殊型として,急激に多臓器不全(とりわけ中枢神経,腎,呼吸不全)に陥り,重篤な血小板減少症を合併し致死率の高い劇症型抗リン脂質抗体症候群(catastrophic antiphospholipid syndrome)がある.
疫学
原発性APSと全身性エリテマトーデスに合併するAPSはほぼ同数である.わが国の患者数はおよそ4万人と推定される.
病態生理
抗リン脂質抗体はAPSのマーカーであるばかりでなく,病原性をもつ自己抗体と考えられている.抗リン脂質抗体のなかで最も免疫学的特性が調べられている抗カルジオリピン抗体(aCL)の対応抗原は,カルジオリピンそのものではなく,カルジオリピンに結合するβ2-グリコプロテインⅠである.β2-グリコプロテインⅠはプロテインC系やプロテインZ系の抗凝固反応,内因系線溶など多くの血栓制御機構に作用することがわかっており,aCLはこれらの系に関与して,複数の機序によって血栓傾向が形成されると考えられている.また,抗リン脂質抗体は,単球や内皮細胞に直接作用して,外因系凝固反応の引き金である組織因子などを誘導し,血栓を発症させる.最近,その細胞活性化シグナル経路も明らかにされてきた. 妊娠合併症の原因は,胎盤梗塞,補体の活性化やその他の原因による胎盤機能不全であるとされるが,詳細は不明である.
臨床症状
抗リン脂質抗体症候群の血栓傾向の最大の特徴は,静脈のみならず動脈に血栓を起こすことである.すなわち,抗リン脂質抗体症候群は動脈血栓を起こす唯一の血栓傾向疾患として知られる.しかも抗リン脂質抗体症候群では脳血栓症,ラクナ梗塞などの脳血管障害が圧倒的に多く,虚血性心疾患が比較的少ない特徴がある.
静脈血栓症は下肢深部および表層静脈の血栓症が多く,しばしば肺塞栓を合併する.うっ滞性皮膚炎により皮膚潰瘍を呈することがある(図10-10-1).頻度は低いが,副腎静脈血栓症によるAddison病,Budd-Chiari症候群などもよく知られている.
妊娠合併症には習慣流産,後期流産,妊娠高血圧症候群がある.妊娠の中・後期に起こる流産は,ほかの原因による流産に比べて抗リン脂質抗体症候群が多い.抗リン脂質抗体症候群の妊娠合併症の重症例として,血栓性微小血管障害(TMA)の1つであるHELLP症候群が知られている.
合併症
主要症状以外の臨床症状で,とりわけ多いのが血小板減少症で,20~40%程度にみられる.慢性の血栓による消費,あるいは免疫学的な機序が考えられている.
その他,弁膜症や神経症状(舞踏病や横断性脊椎症など)が抗リン脂質抗体と関連していると考えられている.
検査成績
本症に特徴的なのは,aCLまたはLAの存在である(後述). 凝固時間検査では,スクリーニング検査での活性化トロンボプラスチン時間(aPTT)が延長する. 梅毒血清反応の検査にはカルジオリピンを含むリン脂質が抗原として使用されており,抗カルジオリピン抗体によって梅毒反応の偽陽性(トレポネーマの成分を抗原とする血清反応は陰性)が起こる場合がある. 血栓症の急性期にはトロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT),プロトロンビンフラグメント1+2などの凝固亢進マーカー,およびD-ダイマーやプラスミン-プラスミンインヒビター-1複合体(PIC)などの線溶亢進マーカーが著しく高値となる.
脳梗塞を疑う臨床症状があったら,CTスキャンやMRIを施行する.脳MRIでは単発性から多発性まで多様な虚血性病変が観察される.深部静脈血栓症は,ドプラエコー,CTスキャン,静脈造影で診断する.肺塞栓は肺血流シンチグラムが存在診断に有用であるが,比較的太い肺動脈の病変については造影CTによる緊急検査がきわめて有用である. 胎児の発育不全の診断にはエコー検査が行われている.
診断
疾患の定義から,血栓症または妊娠合併症があってAPSと診断するためには,抗リン脂質抗体の証明(aCLまたはLA)が必須である.
aCL はカルジオリピンとβ2-グリコプロテインⅠとの複合体に結合しているので,「β2-グリコプロテインⅠ依存性 aCL」とよばれるアッセイで検出される.LA は,in vitro のリン脂質依存性凝固反応を阻害するので,凝固時間延長として検出される.LAに少なくとも2つのサブタイプがあり,β2-グリコプロテインⅠ依存性LAおよびプロトロンビン依存性LAとよばれる.前者はaCLに該当するが,後者は抗プロトロンビン自己抗体である(Sakaiら, 2009).これらの抗リン脂質抗体検査を組み合わせると,血栓症のリスクが反映される(Otomoら, 2012).
鑑別診断
臨床症状として血栓症がある場合は,血栓傾向疾患一般が鑑別である.一方,抗リン脂質抗体の側からの鑑別も重要である.aCLは感染症やB細胞活性化が起こっている状態では非特異的に陽性となる.aCLのβ2-グリコプロテインⅠ依存性が確認できれば確定診断となる.
経過・予後
5年生存率は90%をこえるが,血栓症の再発率は1年あたり2~9%とされる.動脈血栓で発症すれば動脈血栓で,静脈血栓で発症すれば静脈血栓で再発することが多い. 適切な治療のもとでの生児を得られる確率は約7割である.
治療
急性期の動・静脈血栓症に対しては,線溶療法やヘパリン療法など一般の救急処置が行われる.抗リン脂質抗体症候群に特異的な治療法はない. 再発予防がAPSの治療で最も重要である.長期的な抗凝固療法すなわちワルファリン療法が以前から行われていた.しかし動脈血栓は動脈硬化やスパズムのような血管壁の変化によるずり応力によって血小板が粘着,凝集,活性化するところに発症のきっかけがあるので,血小板凝集抑制剤もよく使用される.たとえば,アスピリン100 mg/日,シロスタゾール200 mg/日などが使用される.
静脈血栓で発症した患者にはワルファリン(INR 2.0〜2.5)が使用される.
流産の既往のあるAPS患者の妊娠については,アスピリンを基本的に使用し,血栓症の既往がある場合やアスピリンのみでは妊娠に成功しなかった場合はヘパリンが使用がされる. 劇症型抗リン脂質抗体症候群は治療が困難であるが,血漿交換療法を含めた多臓器不全に対する集中治療が必要である.[渥美達也]
■文献
Atsumi T, Amengual O, et al: Antiphospholipid syndrome: pathogenesis. In: Systemic Lupus Erythematosus 5th ed (Lahita RG, ed), pp945-966, Academic Press, San Diego, 2010.
Otomo K, Atsumi T, et al: The efficacy of antiphospholipid score for the diagnosis of antiphospholipid syndrome and its predictive value for thrombotic events. Arthritis Rheum, 64: 504-512, 2012.
Sakai Y, Atsumi T, et al: The effects of phosphatidylserine dependent antiprothrombin antibody on thrombin generation. Arthritis Rheum, 60: 2457-2467, 2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報