日本大百科全書(ニッポニカ) 「擬似環境」の意味・わかりやすい解説
擬似環境
ぎじかんきょう
pseudo-environment
マス・メディアが活字や映像などのシンボルで伝える間接的な環境をいう。マス・メディアの発達は、直接に知りえない遠方のできごとを、シンボルで鮮明なイメージとして提示し、受け手は必要に応じ直接の環境同様にそれに適応する。だがこの間接環境は、情報源にある原事実の実在的な要素を正確に伝えているとは限らない。その点で擬似環境(準環境)とよばれる。
命名者W・リップマンは『世論』(1922)で次のような例をあげた。1914年、大洋の孤島に英・仏・独の国籍をもつ人々が隔月にくる船便を頼りに暮らしていた。9月の船便が遅れ、住民は第一次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)も知らずに、前便で届いた新聞記事の、ある事件の公判結果を推測しあって船を待った。船がきて、住民は公判よりも重大な大戦の勃発を知った。住民の「頭に描かれていた環境の心像」は、船の着く2か月前のもので、9月の船が着くまで、住民を敵・味方に分ける戦争の事実を、彼らの間接環境から欠いていた。マス・メディアが提示できなかったからだ。
伝達のずれのない日常の報道においても、マス・メディアは、原事実の複雑な構成要素を正確にシンボル化して伝えにくい。伝達される環境のイメージは、厳密には原事実のどこかを省略または付加し、歪曲(わいきょく)して伝え、擬似性は不可避となりやすい。そういう伝達の仕方で、対象を型にはめ、単純化してとらえることを、ステレオタイプstereotypeという。また、伝えられる情報の真偽の視点から、極端な付加や歪曲が指摘されるとき、それは誤報とよばれる。
[佐藤智雄]
『W・リップマン著、田中靖政他訳『世論』(『世界大思想全集第25巻 社会・宗教・科学思想編』所収・1963・河出書房新社)』▽『藤竹暁著『現代マス・コミュニケーションの理論』(1968・日本放送出版協会)』