教育選抜と社会移動(読み)きょういくせんばつとしゃかいいどう

大学事典 「教育選抜と社会移動」の解説

教育選抜と社会移動
きょういくせんばつとしゃかいいどう

[業績原理に基づく選抜

社会の近代化が進むにつれて,身分・家柄・人種・性別などの属性原理による差別が否定され,世襲情実による地位伝達が不当と見なされるのに対し,本人の能力・努力・適性学歴・資格といった業績原理に基づいて,専門分化した分業体制の中に人材を配置することが求められる。おもに学業成績や入学・卒業試験を通じて行われる教育選抜は,その中心的な役割を担うと同時に,教育達成および社会的地位達成の結果を正当化する働きを有している。

 日本国憲法26条では「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定しており,教育基本法4条で教育の機会等を保障する支援や措置を義務づけている。この「能力に応じて」という部分を正当化するのが教育選抜であり,出自にかかわらず本人の能力や努力次第で誰もが高い教育を受けることができ,それに見合う社会的地位にアクセスする可能性を開く。他方で,この考え方を極度に推し進めると,有能な人を早期から分離して教育すべきとするエリート主義を伴ったメリトクラシーイデオロギーに結びつき,すべての人に最大限の教育を等しく提供する平等主義と相反することにもなる。

 業績主義に基づく教育選抜が優勢になる中で,親子世代間または同一世代内で,人々が所属する社会階層を変えることを社会移動という。社会階層とは,財産職業所得・学歴などの社会的資源およびその獲得機会が,人々の間に不平等に分配されているために,社会的地位の異なる人々が層をなす状態にあることをいう。産業社会の発展とともに学校教育が広く人々に普及するようになると,親子間の学歴や職業の再生産が縮小し,社会の流動化が進んで社会移動の程度が高まるという産業化仮説が提示され,その真偽をめぐって実証研究に基づく議論展開されてきた。日本では1955年から10年ごとに社会階層と社会移動全国調査(SSM調査)が実施され,教育達成と社会的地位達成の関わりについて,個人の所属階層間の移動という観点から計測している。世代間・世代内の職業を組み合わせた社会移動表から,周辺度数の階層分布によって構造的に制約される移動を除いた純粋移動(循環移動)を指標化したり,世代間の地位達成経路や移動パターンの適合度をモデル化して検証するなど,統計手法を駆使した分析が行われてきた。

[教育の機会不平等と信用低下]

これらの実証研究から,20世紀を通じて教育機会の拡大により全体的な学歴水準が向上し,また産業構造の変化によりとくに第3次産業の職業が増大したにもかかわらず,世代間における教育達成と社会的地位達成の機会構造は大きく変化しておらず,階層間格差を縮小させるほど社会移動による流動化が進んでいるわけではないことが国際比較の視点によって指摘されてきた。つまり,相対的に社会的出自が高いほど,相対的に高い学歴と職業的地位に到達するチャンスが大きいことが維持されてきた。今日の大学進学機会も,本人の能力や努力に加えて,親の学歴,職業,所得,あるいは兄弟数などによる影響を受けており,家庭の状況によって進学を断念せざるを得ないケースが少なくない。日本の大学は入試難易度によってピラミッド型に序列づけされており,とくに選抜性の高い大学への進学機会が問題となり,若年層の就職難に対して条件のよい大学卒の学歴を有することが,社会的地位達成に影響を及ぼすようになっている。情報化やグローバル化が進む知識基盤社会において,より高度の教育を受けた学歴・資格の重要性が高まっている。

 他方で,教育を受ける過程の中で出身階層の影響を受けるために,依然として不平等が存続する余地が残り,教育の信用低下につながるさまざまな問題を引き起こしている。あらゆる教育段階における機会が拡大し,「大衆教育社会」と呼ばれる社会の高学歴化と就学の長期化が進行する中で,学生数の増大という量的拡大のみならず,学力や学習態度などの多様化や水準低下といった質的変容をもたらした。同時に,職業の学歴代替と学歴インフレーションが進行していった。長期にわたる学校教育が当然のように見なされ,進学ルートが社会的に制度化されるようになると,学校機能の硬直化・肥大化,進学競争の常態化,学習の無気力化,不本意入学などの弊害が問題視された。さらに,人々の不公平感が受験や学歴に向けられることにより,その背後にある社会階層,ジェンダー,エスニシティなどの社会的不平等を見えにくくするという問題も指摘されている。社会における学校教育の役割が増大し,誰もが高い教育を受けて社会上昇移動の実現を目指す民主化の理想が掲げられる一方で,その実現を妨げる社会的不平等の諸要因について,多方面にわたる研究の展開が必要な状況になっている。
著者: 大前敦巳

参考文献: Hiroshi Ishida, Social Mobility in Contemporary Japan, Stanford University Press, 1993.

参考文献: 近藤博之編『日本の階層システム3―戦後日本の教育社会』東京大学出版会,2000.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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