数値計算法とか実用解析などの名まえでも呼ばれており,行列の計算や微分方程式の解法など広く科学の諸分野に現れる問題を数値的に取り扱うことを目標とする。そこでは数学における古典解析学が主要な手段を提供しているが,最近は各種の計算機を用いた機械計算の飛躍的発展に伴い,それに応じた種々の技法が開発されている。数値解析の具体的な課題としては,問題の近似解を数値的に求めること,その近似解の性質,有効な数値計算の手順,真の値と近似解との理論的な差,丸めの誤差などの評価などである。以下では,数値解析の中の典型的な分野である,(1)行列の理論を含んだ線形代数の諸問題,(2)非線形方程式,とくに代数方程式の解法,(3)常微分方程式や熱方程式などの取扱いなどについて,考え方の例をみることにする。このほか数値積分や補間法などに現れる計算も重要な数値解析の話題になっている。
多くの数値計算は反復計算による逐次近似に頼ることになり,線形代数の諸問題にも利用される。その基本的なものにニュートン法がある(図)。微分可能な関数f(x)の零点αを求めるのに,適当な初期値x⁽0⁾から出発して,によって,と逐次αの近似値を計算していく方法であって,以下はその一般化である。
(1)逆行列 Aをn次正則(行列式が0でない)行列とする。Aの逆行列A⁻1を求めることは,x,yがn次元ベクトルで,yが任意に与えられたとするとき,連立一次方程式Ax=yの解x=A⁻1yを求めることと同じである。A⁻1の近似Cから出発することとし,
R=1-CA
とおく。これを,
A⁻1=C+RA⁻1
とかき直してA⁻1の関数が与えられたと考える。例えばC0=0(零行列)とおき,
Ck+1=C+RCk
によりA⁻1の第k近似としてのCkを計算する。このときの誤差Sk=A⁻1-Cは,
Sk=A⁻1-C-RCk-1=RSk-1
を満たす。すなわち,
Sk=RkS0
で,これが零行列に収束すればよい。その条件はRの固有値がすべて絶対値において1より小さいことであり,それを確かめることになる(固有値の評価については後出)。
(2)連立一次方程式 上と同じ方程式Ax=yを考えるが,理論的にはx⁽k⁾=Ckyの極限として解ベクトルを求めることができる。しかし,ほかに有限回の演算でより有効に解を計算する方法が考えられる。Aの行列式|A|はn個の因数をもつ単項式をn!個加えることにより求められる。よって,おもな演算として掛算の回数を数えると一般にn次行列の行列式を求めるのにはn!(n-1)個の演算が必要である。そして与えられた連立一次方程式をクラメールの方法で解くときは,このような行列式を(n+1)個計算したうえで,n回の割算をしなければならない。すなわち合計(n+1)(n-1)・n!+n回の演算を要する。演算の回数だけを問題にするなら次のようなより効果的な計算法で消去法と呼ばれるものがある。Aの(i,j)要素をaijとかく。行列式|A|の計算において,一般性を失うことなくa11≠0としてよい。行列式の基本演算によって,
が得られる。この変形に要する演算の回数はaj1/a11の形の商を(n-1)個求め,(aj1/a11)a1lの形の積を(n-1)2個計算したことになる。同様な方法を上記の行列式の1行1列を除いた(n-1)次の小行列式に適用する。こうして,Aの対角要素の左下がすべて0になれば,明らかに対角要素の積が行列式の値になる。この操作を完了するまでに必要な演算回数をK(n)とすると,
K(n)≦(n-1)2+n-1+K(n-1)+1
となる。この漸化不等式を解いて,が得られる。このような行列式の計算法で,クラメールの方法によって,n変数の連立一次方程式を解くとすれば,計算回数はおよそ,となり,消去法の優れている点が知られる。ただし,ここでは乗法と除法とは同じ手間がかかるものとして,おおまかな計算の量をK(n)で示したにすぎない。実際計算では丸めの誤差が入ってくるが,この方法で解くとき,誤差の評価を与えることも比較的容易である。その誤差と(1)のCkを用いた反復法で,第k近似による誤差と比較するのにK(n)が有用となる。
(3)行列の固有値 ここでは,複素n次行列Aの固有値の近似計算法を扱う。Aの固有値は方程式,
|λE-A|=0
の解(Eはn次単位行列)であり,それはまたAx=λxを満たす0でないn次元ベクトルxが存在するようなλを意味する。固有値はn個(重複度も数えて)あり,一般にそれらは複素数である。とくにAがエルミート行列A=A*,とくに実対称行列ならば固有値はすべて実数である。固有値の存在範囲を示す次の主張は近似計算に重要な役割を果たす。Aの成分をaijとし,とおく。複素平面で,ajjを中心とし半径rjの閉円板をSj(ajj,rj)とかく。Aのすべての固有値はこれら閉円板の和集合,
S=∪Sj(ajj,rj)
の中に存在する。もしSの一つの連結成分の中にm個の円板が含まれていれば,その連結成分には,ちょうどm個の固有値が含まれる。とくに各円板が互いに重なり合わないならば,固有値が分離されたことになる。また円板の決り方からわかるように,Aが対角行列に近ければ近いほど,この方法は固有値に対するよい近似値を与える。Aが実対称行列のときは上記の評価をよりよいものとするための変形がいくつか知られている。その一つは回転法である。まず,Tがn次直交行列なら,T⁻1ATはAと同じ固有値をもつことに注意する。j≠kですべてのr≠sに対して|ajk|≧|ars|となるようなjとkの組を選び,が対角化されるような直交行列を選ぶと,T⁻1ATに対するn個の閉円板の半径がAのそれに比べて縮小されることが容易にわかる。必要なだけ繰り返し直交行列を作用させて固有値を分離したり,円板の半径を小さくすることができる。同じくAを実対称行列としたとき,固有値を近似する別な方法として反復法がある。それは方程式Ax=λxにおいて,xとλの近似値y,μがあるとき両者の補正量⊿y,⊿μを見いだしてニュートン法を用いx,λに近づける方法である。この方法についても詳しいことがわかっている。
変数xの多項式P(x)の零点,すなわちP(x)=0の解の近似値を求める。代数的に解の位置を知るのに,ユークリッドの互除法を応用して多項式の列を作って調べるスツルムの方法がよく知られている。またニュートンの方法を用いてもよいが,ここでは数値解析的に最大解を求める方法を述べる。Sを関数f(x)に対して,
Sf(x)=f(x+1)
のように働く作用素とする。
Skf(x)=f(x+k)
である。差分方程式,の特殊解は,xが整数を表すならば,特性方程式,の解λをとってf(x)=λxとして見いだされる。もし特性方程式がn個の異なる解λ1,λ2,……,λnをもてば一般解は,となる。そこで逆に多項式,が与えられたとし,差分方程式
P(S)f(x)=0
の解を構成する。初期値はどのように選んでも逐次f(x)の値を決めていくことができる。いまλ1が絶対値において最大の解で,他のλkは,
|λk|≦q|λ1| (0<q<1)
としよう。xが十分大きければ
f(x)=c1λ1x+0(|qλ1|x)
となり,f(x+1)/f(x)の極限値としてλ1が求まる。これをベルヌーイの方法と呼ぶ。次いで,2番目に大きな解,3番目……などを求めることもできる。
物理学や工学における現象は微分方程式として数学的に記述されることが多い。これらが解析的に解けたり,初等関数で表されたりするのは例外的で,何らかの近似的な数値解が必要となる。
(1)常微分方程式 初期値問題,
\(\frac{dy}{dx}\)=f(x,y),y(x0)=y0
を考える。変数xを離散値xkで代表させ,xkにおける解の近似値ykとの組(xk,yk)の表,またはグラフによって解を近似表現する手法があり,これを数値解法という。微分を差分で近似するので差分解法とも呼ばれる。もとの方程式の代わりに,
(yk+1-yk)/h=f(xk,yk)
すなわち,
yk+1=yk+hf(xk,yk)
を考え,初期値y0から次々にykを求めていくのがオイラー法である。fがyについてリプシッツ条件を満たすなどの仮定のもとで,h→0のとき(xk,yk)による折線がある関数y=φ(x)のグラフに近づき,それが求める解であることが証明される。これはもっとも基本的な近似法であるが,あまり精度はよくないので,ルンゲ=クッタ法など種々の改良がくふうされている。
(2)熱方程式 これは偏微分方程式の中で重要な例であり,近似解法は古くから研究されてきた。方程式は,
\(\frac{∂u}{∂t}\)=\(\frac{∂^2u}{∂x^2}\) (t>0)
で,この解u=u(x,t)は時刻tでx軸上(全体または一部分)の温度分布を表す。近似解はやはり差分法によって求まる。この方程式のグリーン関数が具体的にガウス核,で表されることから,近似についても種々の詳しい事実が知られている。とくにそれはブラウン運動の推移確率でもあることから,解uの近似に確率論的な考察をも導入することができる。
執筆者:飛田 武幸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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