A6判(148ミリ×105ミリ)の出版物で、装丁をそろえた紙表紙の軽装・廉価なシリーズのこと。「文庫」は叢書(そうしょ)名としてよく使われ、その場合、大きさはB6判、新書判、またはB7判までいろいろだが、文庫本とよぶときはA6判のものをさすのが普通である。値段を低く抑えるために可能な限り簡素な体裁にし、大量に普及させる目的で選ばれた出版形式である。
歴史が古く今日も刊行を続けているものとして、1867年に発刊されたドイツの『レクラム文庫』(レクラムス・ウニベルザール・ビブリオテーク)が世界的に著名である。わが国のものでは、冨山房(ふざんぼう)の『袖珍(しゅうちん)名著文庫』(1903)がもっとも早い。「袖珍」とは昔から小型本をよぶときに用いられた名称で、この文庫は当時輸入され始めていた『レクラム文庫』やイギリスの『カッセルズ・ナショナル・ライブラリー』(1886)に倣った国文学の校訂本だった。量的に普及したのは講談本の『立川文庫』(1911)で、忍者や剣豪の活躍するストーリーが当時の青少年読者をひきつけ、大流行した。しかし、文庫本に社会的な評価を定着させたのは『岩波文庫』(1927)である。100頁を一単位として20銭刻みの定価をつけ、それを星印で表示するなど細部まで『レクラム文庫』を範としている。書目を厳選して真に古典的価値のある名著を収録、翻訳はすべて原典からの直接訳、省略なしの完全版をうたった『岩波文庫』は、学生・知識層の圧倒的な支持を得て、以来「名著の普及版」が文庫の代名詞となった。続いて、社会科学関係に特色をもつ『改造文庫』(1929)、文芸書中心の『春陽堂文庫』(1931)、『新潮文庫』(1933)などが発刊されている。
第二次世界大戦後になって『アテネ文庫』(1948)、『角川文庫』(1949)、『現代教養文庫』(1951)など新しい文庫が誕生し、ブームをよんで一時は40種余になったが、数年のうちに淘汰(とうた)されて大部分が姿を消した。このあと、推理小説中心の『創元推理文庫』(1959)、図版を多用した『カラーブックス』(1962)、高校生を対象に『旺文社(おうぶんしゃ)文庫』(1965)というふうに内容や読者層を限った個性的なシリーズが出された。さらに1971年(昭和46)『講談社文庫』が70点の作品をそろえて発刊されたのがきっかけになって、大手の出版社が相次いで文庫出版を手がけるようになり、量産の時代へと突入した。競争の激化に伴い、収録範囲も際限なく広がり、全集、講座、辞典、童話、ミステリー、SF、講談、落語、マンガ、イラスト集、ポルノなど、また書き下ろし作品の収録もあって、従来『岩波文庫』によって与えられた、古典・名著の普及版という性格が薄れ、あらゆる分野にまたがる廉価版へと変貌(へんぼう)してきている。ほかにおもな文庫としては『中公文庫』『文春文庫』『集英社文庫』『ハヤカワ文庫』『徳間文庫』『光文社文庫』『幻冬舎文庫』『小学館文庫』などがある。
[矢口進也]
『山崎安雄著『岩波文庫物語』(1962・白凰社)』▽『矢口進也著『文庫 そのすべて』(1979・図書新聞)』▽『岩波文庫編集部編『岩波文庫総目録』(1987・岩波書店)』
おもに古典や定評のある著作類をおさめた小型本双書。判型はA6判が一般的で,廉価普及を目的とし,読者層の拡大に寄与している。現在,文庫本の出版社は地方を含めて約40社あり,50種ほどの文庫本が刊行されている。〈文庫〉という名称は本来,書籍,故書を収納するくらをいい,転じて内閣文庫,東洋文庫などのようにまとまった蔵書を意味した。今日の文庫本に近い形態のものとして初めて出版されたのは,1903年に冨山房から刊行された袖珍名著文庫である。日本の古典を中心に収録し,12年までに50冊を刊行して文庫本の権威を高めた。文庫の名を大衆的にしたのは,1911年から出版された立川文庫(立川文明堂)である。《猿飛佐助》などの講談ものを収録し,青少年層に圧倒的好評を博した。ついで13年に日本古典および漢書をおさめた有朋堂文庫,14年には洋書(トルストイやダーウィンなど)の完訳をめざした新潮文庫,東西の古典を抄録したアカギ叢書などが現れた。しかし現在の形の文庫本が出現したのは27年の岩波文庫によってであった。同文庫は,100ページにつき星印一つ20銭という定価設定などドイツのレクラム文庫に範をとり,万人の必読すべき古典的価値のあるものはすべて網羅するという意気込みで出発した。当時の無産知識階級や学生層の支持を得,赤帯(外国文学)によって日本文学の単行本の売行きが落ちるという現象もみられた。この成功によって改造文庫,春陽堂文庫,新潮文庫(第2次)などが参入して第1次の〈文庫本ブーム〉が起こった。第2次大戦後の1950年前後には,角川文庫,現代教養文庫,市民文庫,創元文庫など80~90種に及ぶ文庫本が刊行され,第2次ブームを呈した。さらに,71年,講談社文庫の発刊が契機となって,中央公論社,文芸春秋,集英社の各文庫が刊行され,第3次のブームが生じた。このころの文庫本の総発行部数は1730万部であったが,81年には8250万部と5倍近くになり,1点で10万部以上出版されるのも珍しくはない。このような部数増加は同時にその質的変容を意味し,収録作品の重点が,従来の古典・名作から娯楽的なミステリー,SF,中間小説に移り,評価の定まらない新しい作品や書下し作品まで収録され,さらに漫画や写真,辞書をも対象とするようになった。今日,各文庫ともかつての権威はうすらいだが,依然として広く親しまれている。
執筆者:川井 良介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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