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文徴明

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美術人名辞典の解説

文徴明

明代の文人書画家。江蘇省蘇宗州生。初名は璧、字は徴仲、衡山・停雲生などと号する。詩文を呉寛に、書を李応禎に、画を沈周に学び、「詩書画三絶」と称された。祝允明、唐寅、徐禎卿らと親交を結び「呉中四才子」と呼ばれ、南宗画中興の祖とされた。嘉靖38年(1559)歿、90才。

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デジタル大辞泉の解説

ぶん‐ちょうめい【文徴明】

[1470~1559]中国、明の文人。蘇州(江蘇省)の人。名は璧(へき)。徴明は字(あざな)。のちに徴仲を字とした。号、衡山など。沈周(しんしゅう)に学び、呉派の文人画風を発展させた。著「甫田(ほでん)集」。

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百科事典マイペディアの解説

文徴明【ぶんちょうめい】

中国,明代の文人画家。名は璧。長洲(江蘇省)の人。一時仕官したが,辞して書画を楽しんだ。画は,沈周に学び,趙孟【ふ】(ちょうもうふ)の画法を取り入れて南宗画様式を確立,呉派中心人物とされる。
→関連項目陳淳唐寅陸治

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶんちょうめい【文徴明 Wén Zhēng míng】

1470‐1559
中国,明代の文人,書画家。蘇州府長洲県(現,江蘇省呉県)の人。初め名は璧,字は徴明であったが,のちに広く字で知られたため,さらに字を徴仲と改めた。号は衡山,停雲生など。父の文林は成化8年(1472)の進士で温州知府に終わった。文徴明は詩文を呉寛に,書を李応禎に,画を沈周しんしゆう)に学んで三絶と称賛され,祝允明,唐寅,徐禎卿とともに呉中四才子といわれたが,科挙には10回応じてついに合格しなかった。

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大辞林 第三版の解説

ぶんちょうめい【文徴明】

1470~1559) 中国、明の文人。名は璧、号は衡山など。詩・書・画に長じた。師の沈周とともに南宗画風の再興に尽くした。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文徴明
ぶんちょうめい
Wen Zheng-ming

[生]成化6(1470).11.6.
[没]嘉靖38(1559).2.20.
中国,明の文人画家,書家,詩人。長洲 (江蘇省蘇州) の人。名は璧,字は徴明,徴仲,号は衡山など。 10回にわたり科挙試験を受けたものの失敗,嘉靖2 (1523) 年,翰林院待詔の任につき『武宗実録』の編修に従事したがわずか3年で辞職,郷里に隠棲して書画を楽しみ悠々自適の生活をおくった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文徴明
ぶんちょうめい
(1470―1559)

中国、明(みん)代中期の文人、書画家。初名は璧(へき)、徴明は字(あざな)。のち字をもって行われ、さらに徴仲(ちょうちゅう)と字を改めた。号は衡山(こうざん)。長洲(江蘇(こうそ)省蘇州)の人。科挙の試験に数度失敗したが、1523年(嘉靖2)翰林待詔(かんりんたいしょう)を授かる。ほどなく致仕して帰郷、詩書画の世界に没入した。彼の人徳とその才を慕って多くの文人が集まり、詩書画に華を咲かせることとなった。祝允明(しゅくいんめい)、徐禎卿(じょていけい)、唐寅(とういん)、王寵(おうちょう)らがその仲間となる。これは蘇州文人サークルの形成といってよく、これをもとに明代呉派の南宗画風が発展していった。書は李応禎(りおうてい)に学ぶも、王羲之(おうぎし)、黄庭堅(こうていけん)、趙孟(ちょうもうふ)の長所をよくとり、評判高かった。彼に唐寅、祝允明、徐禎卿をあわせて「呉中四才子」とよぶ。詩文を呉寛(ごかん)に学ぶ。画(え)は沈周(しんしゅう)の影響を受けたがさらに独自に発展させ、淡彩・淡墨による細やかで秀麗な画風をつくりあげた。子の文彭(ぶんぽう)(1498―1573)、文嘉(ぶんか)(1499―1582)も書画をよくした。画の代表作に『春深高樹図』(上海(シャンハイ)博物館)がある。[近藤秀実]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の文徴明の言及

【呉派】より

…明代前半に栄えた職業画工による浙派に対する語。沈周(しんしゆう)が元末四大家の画風を復興したことに始まり,文徴明とその周辺画家により様式的完成に導かれた。文徴明の親族や弟子たちの活動は16世紀後半に及び,呉派の全盛時代を築いた。…

【書】より

…明代の新しい書風が起こるのは中期,すなわち15世紀の終りから16世紀の中ごろにかけての時期で,張弼(ちようひつ)がその先駆をなし,沈周(しんしゆう)は黄庭堅を学び,呉寛は蘇軾に傾倒してそれぞれ特色のある書をかいた。さらに江蘇省の蘇州から祝允明,文徴明という2人の傑出した書家が現れた。祝允明は鍾繇風の謹直古雅な小楷と,張旭,懐素を思わせる奔放な狂草によって知られる。…

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