改訂新版 世界大百科事典 「新エロイーズ」の意味・わかりやすい解説
新エロイーズ (しんエロイーズ)
Julie ou la nouvelle Héloïse
フランスの思想家J.J.ルソーが1761年に刊行した書簡体の恋愛小説。舞台は18世紀スイスで,貴族の令嬢ジュリーと平民の家庭教師サン・プルーとの身分違いの恋を描く。ジュリーの父親の反対で2人は別れ,ジュリーは父の友人の無神論者ボルマールと愛のない結婚をする。ボルマールは農園クラランに妻子や小作人と独自の理想にもとづく共同生活を営み,すべてを承知のうえでサン・プルーを招き寄せる。激しい恋が若い2人の間によみがえりかけるが,信仰と美徳に生きるジュリーの克己心で危機は去る。彼女は水の事故がもとで死に,ボルマールはサン・プルーに子どもたちの教育を依頼する。この長大な作品が発表されると,人々は主人公たちのひたむきな恋に感銘し,《新エロイーズ》はたちまち版を重ねて18世紀最大のベストセラーになった。また情念の細やかな分析に加えて,作中のみずみずしい自然描写は,のちのロマン主義文学に大きな影響をあたえた。だが読者の感傷趣味に訴えるこの小説にも,強固な理論の骨組みはある。
ルソーが《エミール》で展開した人間論はジュリーをはじめとする作中人物にみごとな体現をみているし,《社会契約論》の政治哲学はボルマールが組織する理想の共同体クラランに結実しているのである。ルソーは《新エロイーズ》で自分の思想を一つの〈詩〉としてうたい上げたといえる。
執筆者:鷲見 洋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報