新人民軍(読み)しんじんみんぐん(英語表記)New People's Army

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新人民軍
しんじんみんぐん
New People's Army

略称 NPA。非合法のフィリピン共産党 CPP (1930年 11月創設) の軍事組織。抗日人民軍フクバラハップ (1942年3月結成) が前身。 68年 12月,ホセ・マリア・シソンの指導下,毛沢東思想を掲げ CPPは再編され,69年3月ダンテ司令官のもとで NPA結成。現在 NPAは退潮傾向にあるが,かつては地主制に苦しむ農民の不満を背景に,地主打倒運動を展開,勢力を拡大した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

新人民軍

フィリピン共産党の軍事組織として1969年に結成された。一時は約2万5千人の勢力があったが、国軍によると、現在はルソン島ミンダナオ島などフィリピン各地の山間部に約5千人が活動。国軍と衝突を繰り返してきた。

(2011-10-05 朝日新聞 朝刊 1社会)

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デジタル大辞泉の解説

しん‐じんみんぐん【新人民軍】

フィリピン共産党(CPP)の武装組織。1969年に結成。CPP・民族民主戦線(NDF)と連携して反政府運動を展開。山間部を中心にフィリピン全土で、政府軍・警察との武力衝突、政府や公共施設への攻撃、富裕層や企業への恐喝などを行う。2002年、米国政府によってCCPとともに国際テロ組織に指定された。NPA(New Peoples Army)。

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百科事典マイペディアの解説

新人民軍【しんじんみんぐん】

フィリピン共産党(毛沢東派)の軍事組織。英語ではNew People's Army(略称NPA)。独立後,左翼革命闘争を展開していたフクバラハップを批判し,これに代わるものとして1969年3月,ルソン島中部の農村で数十人規模で誕生した。その後マルコス政権下で急膨張,国軍発表でもピーク時には2万5800の兵士を擁する組織になった。政府軍との衝突だけでなく,外国人の誘拐なども行い,アキノ政権も全面対決でその壊滅をねらったが,果たせなかった。1992年にラモス大統領はフィリピン共産党の合法化を打ち出したが,その後撤回。左翼穏健派を憲法の枠内に取り込み,武装ゲリラ強硬派の孤立化を図るというラモス政権の狙いは一定の成果を上げ,NPAも急速に勢力を衰退させているものとみられる。
→関連項目フィリピン

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デジタル大辞泉プラスの解説

新人民軍

《New People's Army》フィリピン共産党の軍事部門。1969年3月設立。主に山間部、農村部などで、治安部隊に対するゲリラ的テロや、資金調達を目的とする企業恐喝、誘拐などを実行。

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世界大百科事典内の新人民軍の言及

【フィリピン】より

…反米運動は60年代に入って,学生や一般知識人,労働者などの間にも広がり,60年代後半には〈文化革命〉あるいは〈第2次プロパガンダ運動〉と呼ばれる,戦闘的な文化運動に発展した。おりから地下では,フィリピン共産党が再建され(1968年12月),軍事組織である新人民軍も結成された(1969年3月)。こうした高揚する反体制運動と,インフレ,失業問題など山積する経済不安の中で,72年9月,マルコス大統領によって戒厳令が施行され,フィリピン現代史は新しい局面を迎えた。…

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