日本歴史地名大系 「新大仏寺」の解説
新大仏寺
しんだいぶつじ
伊賀別所の名称は南無阿弥陀仏作善集に「奉造立修復大仏并丈六仏員数 合 大仏殿七躰、浄土堂十躰、伊賀別所三躰此外石像地蔵一躰(中略)奉安置皆金色弥陀三尊来迎立像一ゝ、并観音勢至各丈六 鐘一口 湯屋一宇」とみえる。建久元年(一一九〇)源頼朝が山田郡内の平家没官領のうち、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
伊賀別所の名称は南無阿弥陀仏作善集に「奉造立修復大仏并丈六仏員数 合 大仏殿七躰、浄土堂十躰、伊賀別所三躰此外石像地蔵一躰(中略)奉安置皆金色弥陀三尊来迎立像一ゝ、并観音勢至各丈六 鐘一口 湯屋一宇」とみえる。建久元年(一一九〇)源頼朝が山田郡内の平家没官領のうち、
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…東部山林地帯では良質のスギ・ヒノキ材を産出する。富永にある新大仏寺は鎌倉期の俊乗坊重源の創建といわれ,寺宝の絹本着色興正菩薩像,板彫五重塔などは重要文化財。鳳凰寺には白鳳時代の寺院跡が残っている。…
※「新大仏寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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