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新王国時代 しんおうこくじだいNew Kingdom; New Empire

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新王国時代
しんおうこくじだい
New Kingdom; New Empire

新帝国時代とも呼ばれる。古代エジプトの第 18~20王朝の時代 (前 1567~1085頃) をさす。第 18王朝はアーモス1世以下 14人の王が統治した。初めは,ヒクソスを追ってパレスチナ地方にまで軍を進め,やがてシリア地方から南はナイル川の第4急流までを支配する史上最大の版図を領有した。トゥトモス3世からアメンホテプ3世までの時代が最も繁栄し,首都テーベには異国の人が往来し,各地の産物が集った。アメンホテプ3世と次王4世の時代はアジア諸国との友好関係が保たれ,書簡 (アマルナ書簡) や贈り物が交換され,一種の国際主義時代が到来した。しかし4世は太陽神アトンを唯一の神とする宗教改革を断行し,新都をアケタートン (現テル・エル・アマルナ) に築き,みずからもイクナートンと改名したが改革は1代で失敗し,対外的威信を失った。第 19王朝はラムセス1世で始る。続くセティ1世,ラムセス2世は,アジアにおけるエジプトの優位を取戻すため,しばしば兵を送り,特にラムセス2世はカデシュでヒッタイトと戦った。しかし勝敗は決せず,両国は友好条約を結んだ。次王メルネプタハの頃からアジアは騒然となり,第 20王朝のラムセス3世は「海の民」を撃退したものの,エジプトの国力は内外で衰退し,分割統治されて,やがて神官ヘリホルに王位を奪われた。新王国時代の遺産は,ルクソールにある諸神殿や,「王陵の谷」,貴族の墓の壁画,さらにトゥトアンクアメン (ツタンカーメン) の遺宝にみることができる。新王国時代の終焉は第 20王朝の内部分裂に端を発したが,その分裂は第 21王朝にも及んだ。

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