改訂新版 世界大百科事典 「海の民」の意味・わかりやすい解説
海の民 (うみのたみ)
前13世紀終りから前12世紀初めにかけて,リビアおよび海上から移住地を求めてエジプト攻撃を試みた東地中海諸種族の総称。この呼称はエジプトの記録文書にもとづく。エジプト第19王朝のメルエンプタハ王の統治第5年および第20王朝のラメセス3世の第8年の彼らの攻撃は撃退された。海上での敗北のようすは,マディーナト・ハブのラメセス3世葬祭殿の壁に彫られている。エジプトの記録に見られる〈海の民〉の構成種族は,Sherden,Shekelesh,Ekwesh,Teresh,Luku,Pelesetなどである(種族名の読み方は多様である)。彼らの元来の居住地域はエーゲ海世界の後期ミュケナイ文明に共通に属していた小アジア西部であり,この地域を長年襲った飢饉が彼らの移住と軍事行動の直接の原因であったと推察される(ヘロドトス《歴史》およびウガリト文書におけるヒッタイト王の食糧要請による)。加えてこの地域には前13世紀の後半にヒッタイトからの独立を達成していたアッヒヤワのような国があり,〈海の民〉諸種族間の,または周辺民族との軍事連合の形成や共同作戦は,この地域の支配勢力に対する広範な反乱を呼び起こしたものと思われる。ヒッタイト王国をはじめ,キプロス,そしてウガリトなどのシリアの有力な諸都市王国は,この運動が生んだ混乱と戦闘によって次々と崩壊した。この時期以後はエジプトのシリア支配も後退し,後期青銅器時代の東地中海世界におけるヒッタイトとエジプトの分割支配体制の終りを画したのが〈海の民〉の動きであった。エトルリア人,サルディニア人,フィリスティア人の定住は,〈海の民〉の一部の種族による地中海中部および東部への移住の結果であった。
執筆者:並木 浩一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報