日本住血吸虫症(読み)にほんじゅうけつきゅうちゅうしょう(英語表記)Schistosomiasis japonica

六訂版 家庭医学大全科 「日本住血吸虫症」の解説

日本住血吸虫症
にほんじゅうけつきゅうちゅうしょう
Schistosomiasis japonica
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 日本住血吸虫という寄生虫と、その卵によって起こる病気です。日本住血吸虫は、中国、フィリピンインドネシアなど東南アジアに広く棲息(せいそく)しています。

 本症は、かつて甲府盆地、利根川流域、広島県片山地方、筑後川流域などに広く分布していましたが、現在では中間宿主(しゅくしゅ)であるミヤイリガイの撲滅により新しい感染の報告はありません。

 しかし、日本住血吸虫の感染の既往歴のある患者さんに、肝硬変(かんこうへん)肝細胞がん合併がみられることがあります。

原因は何か

 日本住血吸虫の感染は、中間宿主ミヤイリガイの体内で形成された幼虫セルカリアが皮膚から侵入することによって生じます。

 セルカリアは、血液やリンパを介して門脈系(もんみゃくけい)に達し、成虫となって門脈に棲息し、産卵します。虫卵は門脈血によって運ばれますが、肝内の細い末梢門脈枝(まっしょうもんみゃくし)を通過できないので、門脈枝をふさいでしまいます(図13)。

 虫卵が病気を起こす作用は単一なものではなく、塞栓による循環障害、虫卵が強く炎症を起こすことによる炎症反応やアレルギー反応などがあります。

症状の現れ方

 感染後、2~3週の潜伏期をへて倦怠感(けんたいかん)、食欲不振、腹部違和感などの初発症状が現れます。侵入したセルカリアの数、発育の差、産卵の部位などにより症状は異なります。

 感染後4週ほどで、粘血便や腹痛などの急性腸炎を示す消化器症状のほか、高度の貧血を伴う急性腎炎の症状や呼吸器症状などが現れることがあります。

 感染を繰り返し、慢性に経過した場合には、肝表面は亀甲状(きっこうじょう)の特有の肝硬変像を示します。腸粘膜の萎縮(いしゅく)、腹水がみられ、食道静脈瘤(しょくどうじょうみゃくりゅう)破綻(はたん)による消化管出血を来し、肝不全で死亡することもあります。しかし、大半は無症状です。

 肝細胞がんを合併した患者さんでは、発がん肝炎ウイルスの感染の関与が示唆されることもあります。巨脾(きょひ)脾臓が増大する)を示す疾患として知られていますが、その頻度は低くなっています。

検査と診断

 日本住血吸虫症の診断は、糞便中に虫卵を確認することによってなされます。また、血清診断によってもなされます。

 現在の日本の患者さんの多くは、過去に感染しているので、肝臓の炎症はなくなり、古くなった虫卵は石灰化しています。超音波検査CTでは、特徴的な亀甲状あるいは網目状を示し、石灰化した虫卵と線維化を反映する所見がみられます。

治療の方法

 吸虫駆除薬のプラジカンテルの内服が有効ですが、副作用があるので注意します。肝硬変にまで進行してしまった場合は、肝硬変に対する治療を行います。肝細胞がんの合併がありうるので、とりわけB型やC型肝炎ウイルスマーカー陽性の患者さんは、画像診断による経過観察が重要です。

鹿毛 政義


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内科学 第10版 「日本住血吸虫症」の解説

日本住血吸虫症(寄生虫による肝疾患)

定義・概念・病因・疫学
 日本住血吸虫症は東南アジア,中国に分布するヒトを終宿主とする寄生虫疾患である.かつては日本の一部の地域(山梨県甲府盆地,広島県片山地方,福岡県筑後地方)に高浸透地域があり,多数の患者が発症したが,中間宿主であるミヤイリガイ(宮入貝)の駆除により絶滅され,すでに終息した.新規の患者発生はないが,慢性期の既感染者には,いまだに遭遇する.中間宿主であるミヤイリガイで幼虫セルカリアになり,水中から皮膚感染する.感染すると大循環,腸間膜を経由して門脈から肝末梢門脈域に到達する.そこで虫体から産生される代謝産物が強いアレルギー反応を起こし,門脈域の強い炎症と肉芽腫の形成から二次的な肝組織障害,肝萎縮へと進展し,さらに門脈圧亢進による腹水,肝不全へと進展する.また10~40%が肝硬変に移行するとされたが,この高い移行率には肝炎ウイルスによる関与も含まれていたとされる(佐藤ら,1991).
臨床症状・診断
 わが国における慢性期患者における診断のきっかけは,超音波検査による特徴的な所見(図9-14-1)によることが多い.またCT検査では肝被膜下に石灰化を伴った,肝変形像(肝硬変)となる.確定診断には肝生検による虫卵の証明があれば確定診断に至る.また,同様の石灰化した虫卵は感染経路である直腸粘膜にも認められるので,内視鏡的直腸生検も有用な方法である.血清抗体反応(ELISA法)は診断に有用である.さらにわが国における慢性期の患者では,過去のスチブナール静注治療によるC型肝炎ウイルスの合併感染が高頻度に起こっているので,ウイルス検査も併用する.
治療
 治療は虫卵排泄が証明された症例には必要であるが,わが国の症例では,輸入感染症症例以外には必要ない.治療にはプラジカンテル60 mg/kg,1日3回,2日間,経口投与が有効である.慢性期で肝硬変となった患者には症状に応じた治療を行う.【⇨4-18-2)-(3)】[田中正俊]
■文献
前田健一,下松谷匠,他:肝吸虫症に合併した胆管癌の1例.日臨外会誌,70: 1481-1485, 2009.
中島 収,渡辺次郎,他:肝の凝固壊死を呈する肉芽性結節に関する臨床病理学的研究.肝臓,35: 527-535, 1997.
佐藤 公,他:日本住血吸虫症合併肝細胞癌におけるHCV抗体の検討.Clinical Parasitology, 2: 71-72, 1991.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「日本住血吸虫症」の意味・わかりやすい解説

日本住血吸虫症
にほんじゅうけつきゅうちゅうしょう
schistosomiasis japonica

日本住血吸虫によって起る寄生虫症。感染部位の皮膚に炎症を生じ,発熱,血便,肝臓病変などがみられる。日本では山梨県甲府盆地 (山梨病) ,広島県片山地方 (片山病) ,佐賀県筑後川流域 (佐賀流行病) に多いが,1976年以来,新感染者はいない。治療には駆虫剤が使われるが,中間宿主であるカタヤマガイ (ミヤイリガイ) の撲滅が根本対策になる。病理学者の桂田富士郎が 1904年に,日本でこの寄生虫の存在を発見したが,本来は中国,フィリピンなどアジアの住血吸虫である。

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世界大百科事典(旧版)内の日本住血吸虫症の言及

【ジュウケツキュウチュウ(住血吸虫)】より

…ビルハルツジュウケツキュウチュウは骨盤部静脈に寄生し,雌虫は膀胱壁,尿管壁で産卵するため,血尿や膀胱炎の原因となるほか,膀胱癌を誘発するともいわれている。日本住血吸虫症は,かつて日本でも甲府盆地などに流行がみられたが,現在は中国大陸,フィリピンなどに流行地が存在する。マンソンジュウケツキュウチュウはアフリカやプエルトリコ,ブラジルなどの中南米に,ビルハルツジュウケツキュウチュウはアフリカ,中近東などに分布する。…

【水系伝染病】より

…腸チフス,パラチフス,細菌性赤痢,アメーバ赤痢,ポリオなどが水を介し経口的に感染する。日本住血吸虫症は,水田の水にカタヤマガイからぬけ出した日本住血吸虫の幼虫が田植えや田の草とりなどに入ったヒトの皮膚から侵入して感染をおこす。また黄疸出血性レプトスピラ症は,レプトスピラ属のスピロヘータを含むネズミの尿が下水や水田,沼などに排出され,その水の中でスピロヘータが増殖し,そこへ入って来たヒトの皮膚からスピロヘータが侵入し,感染をおこす。…

【ニホンジュウケツキュウチュウ(日本住血吸虫)】より

…腸壁では,そこに細菌による二次感染や粘膜組織の壊死が起こって虫卵は腸腔内に脱落し,それが糞便とともに排出されるが,肝臓では虫卵結節から繊維化が始まり,やがて肝繊維症から肝硬変へと発展する。したがって,日本住血吸虫症の症状としては,ケルカリア侵入時には皮膚炎(かぶれ),産卵期には発熱,腹痛,粘血便などの腸症状,慢性期には門脈圧亢進,脾腫,腹水貯留,貧血,やせなどが認められる。また虫卵が脳の静脈内で発育,栓塞して,癲癇(てんかん)様の症状を起こすこともある。…

【風土病】より

… また寄生虫性疾患には,中間宿主の動物がある地域のみに生息するために風土病として現れるものがある。日本住血吸虫症は,中間宿主であるミヤイリガイが生息する広島,山梨,佐賀の各県に多発した。肺臓ジストマは,淡水ガニの生息する岡山,新潟,岐阜,徳島,熊本などの各県にみられた。…

※「日本住血吸虫症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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