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日比翁助 ひびおうすけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

日比翁助
ひびおうすけ

[生]万延1(1861).6.26. 久留米
[没]1931.2.22. 東京
実業家。百貨店三越興隆の功労者。生家竹井家は旧久留米藩の士族で,1879年日比家に養嗣子として入籍。福沢諭吉に傾倒し,上京して慶應義塾に入り,1884年卒業。 1896年中上川彦次郎に認められ,三井銀行に招聘された。同行本店副支配人のとき三井呉服店転出,1904年同店を分離して三越呉服店が設立されると専務取締役となり,1910年当時としては巨大な3階建て新店を創設。同時に4年計画で新館工事に着手,1914年に完成。これが今日の三越本店の主要部で,経営的にも種々の近代化をはかり,現在の百貨店経営の基礎をつくり上げた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日比翁助 ひび-おうすけ

1860-1931 明治-大正時代の実業家。
万延元年6月26日生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩士の子。三井銀行にはいり,本店副支配人などをへて,明治31年三井呉服店支配人。37年改組した三越呉服店の専務となる。欧米の百貨店を視察し,百貨店三越の基礎をきずいた。昭和6年2月22日死去。72歳。慶応義塾卒。旧姓は竹井。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日比翁助
ひびおうすけ
(1860―1931)

実業家。わが国最初の百貨店三越(みつこし)の創始者。福岡県出身。久留米(くるめ)藩士の竹井家から日比家の養嗣子(しし)となる。1884年(明治17)慶応義塾卒業後、麻布(あざぶ)天文台を経て、89年福沢諭吉(ゆきち)の推挙でモスリン商会支配人となる。96年、中上川(なかみがわ)彦次郎の招聘(しょうへい)で三井銀行に入る。和歌山支店支配人、本店副支配人を経て、98年三井呉服店支配人に転じる。1904年(明治37)呉服店が三井直系事業から分離されるに及んで、その債権・債務を継承して株式会社三越呉服店設立の中心となり、専務取締役に就任した。「デパートメントストアの実現」を広告文にうたい、イギリスの百貨店ハロッズを範とし、越後(えちご)屋以来の薄利多売精神を理念として経営にあたった。多種多様な商品、サービスの提供、斬新(ざんしん)な広告宣伝活動、壮麗な店舗、各種の催し物など、百貨店経営の基礎を築いた。13年(大正2)会長となり、18年取締役を退任した。[前田和利]
『星野小次郎著『日比翁助』(1951・創文社)』

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