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きゅうしゅうせいかん【旧集成館】
鹿児島県鹿児島市吉野町にある工場跡。幕末に薩摩藩28代藩主、島津斉彬(なりあきら)が造った近代工場群の跡。1959年(昭和34)に国の史跡に指定された。斉彬は1852年(嘉永5)に磯邸(吉野町磯)の竹林を切り開いて銑鉄を溶かす反射炉の建設に着手後、多くの工場を建設し、1857年(安政4)にこれらを総称して集成館と命名。反射炉のほか、大砲鋳場、木炭倉庫、溶鉱炉、機械所、役所、砲身に穴をあける鑚開台工場、製薬所、鍋釜製造所、ガラス(薩摩切り子)製造場などがあった。これらの工場では毎日約1200人の職人が働いていたといわれているが、斉彬の死後事業は縮小され、1863年(文久3)の薩英戦争で反射炉以外はほとんど焼失。この戦争によって西洋文明の優位を知った29代藩主・島津忠義は集成館の再興に着手し、さらに充実した工場群を建設したが、1871年(明治4)の廃藩置県後に官有となり、陸軍省の大砲製造所、海軍の造船所となった。1877年(明治10)の西南戦争では私学校の生徒が占拠。その後、1889年(明治22)に再び島津家の所有となり、1915年(大正4)に閉鎖。これら工場群のうち、1865年(慶応1)に竣工した蒸気鉄工機械所の建物が残され、島津家の歴史資料館・尚古集成館として活用されている。JR鹿児島本線ほか鹿児島駅から鹿児島交通バス「仙巌園前」下車、徒歩すぐ。
出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報
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