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早川雪洲 はやかわせっしゅう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

早川雪洲
はやかわせっしゅう

[生]1889.6.10. 千葉
[没]1973.11.23. 東京
映画俳優。 1909年渡米し,しろうと劇団で巡業中,『タイフーン』 (1914) の主役として迎えられた。以後アメリカを中心に,フランスイギリスなどで多くの映画や舞台に出演,国際的に幅広い人気を得た。

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デジタル大辞泉の解説

はやかわ‐せっしゅう〔はやかはセツシウ〕【早川雪洲】

[1889~1973]俳優。千葉の生まれ。本名、金太郎。渡米しハリウッドで「タイフーン」「チート」などの作品に出演。のち、自ら製作会社を設立して映画製作にも進出。舞台俳優としても、ブロードウエーロンドン・パリなどで活躍した。第二次大戦後は日本を拠点にしながら国際的に活動。

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百科事典マイペディアの解説

早川雪洲【はやかわせっしゅう】

映画俳優。本名金太郎。千葉県生れ。1909年アメリカに渡る。サイレント映画《神の怒り》《タイフーン》(ともに1914年)に主演し,日本人初の国際スターとなった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

早川雪洲 はやかわ-せっしゅう

1886-1973 大正-昭和時代の映画俳優。
明治19年6月10日生まれ。42年渡米し,シカゴ大卒業後,劇団を組織して巡業。大正3年ハリウッド入りし,「タイフーン」「チート」に主演。国際俳優として活躍し,戦後は「戦場にかける橋」での好演が知られる。昭和48年11月23日死去。87歳。千葉県出身。本名は金太郎。

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世界大百科事典 第2版の解説

はやかわせっしゅう【早川雪洲】

1889‐1973(明治22‐昭和48)
映画俳優。Sessue Hayakawaとして知られた国際的なスターで,日本からの国際俳優の先駆者。千葉県に生まれ,1909年に渡米。日本人主演の本格的アメリカ映画第1号となったトマスインス監督《神の怒り》(1914)をデビュー作として,レジナルド・バーカー監督《タイフーン》(1914),セシル・B.デミル監督《チート》(1915)および《テンプテーション》(1916)等々サイレント初期のアメリカ映画に主演,たちまちその性的魅力でアメリカ女性を魅惑して人気スターになり,異民族の男性の美しさやセックスアピールを売物にするハリウッドの風潮をつくったとすらいわれる(ルドルフバレンチノが登場するのはそれから数年後のことになる)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

早川雪洲
はやかわせっしゅう
(1889―1973)

映画俳優。本名金太郎。千葉県千倉(ちくら)の網元の家に生まれる。海軍兵学校の試験に失敗して渡米、シカゴ大学に学ぶ。学生時代から演劇に興味を抱き、一座を組織して日本人移民グループの間を巡業中、映画製作者トマス・H・インスを知り、彼の紹介で1914年(大正3)パラマウント社に入社、『タイフーン』に主演して一躍名声を得る。以後、その東洋人的風貌(ふうぼう)と演技力を買われ、アメリカ映画『ザ・チート』、フランス映画『ラ・バタイユ』『ヨシワラ』などに国際俳優として活躍、ときおり帰国して映画・舞台に出演したが、第二次世界大戦終結はパリで迎えた。49年(昭和24)以降は日本に定住、『レ・ミゼラブル』などの日本映画に出演した。イギリス映画『戦場にかける橋』(1957)の捕虜収容所長斎藤大佐役は彼の演技歴の最高峰と評価されている。[吉田智恵男]
『野上英之著『聖林(ハリウツド)の王 早川雪洲』(1986・社会思想社)』

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