明六雑誌(読み)めいろくざっし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明六雑誌
めいろくざっし

学術雑誌。 1874年3月~75年 11月刊行。 43冊。 73年アメリカから帰国した森有礼主唱で結成された明六社機関誌福沢諭吉西周加藤弘之西村茂樹中村正直ら 15名の当時一流の学者,文化人を糾合して近代日本の科学,文化の振興を目標としたが,文芸,評論にも及んで総合誌の観を呈した。

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世界大百科事典 第2版の解説

めいろくざっし【明六雑誌】

明六社の機関誌。1873年7月に設立された明六社の月2回の例会における講演内容の公表を目的として,74年3月創刊された。月2回ないし3回刊。半紙半截二つ折りの体裁に片仮名交りの漢文で,哲学,宗教(キリスト教採用論),教育,社会一般(男女同権論や死刑廃止論など),経済諸問題などの広範囲にわたる学術的論文を掲げている。発行部数は各号約3200といわれている。寄稿者は明六社社長森有礼以下,西村茂樹,津田真道,西周,中村正直,加藤弘之,福沢諭吉,箕作秋坪箕作麟祥らで,大半は旧幕府開成所出身の洋学者である。

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大辞林 第三版の解説

めいろくざっし【明六雑誌】

明六社の機関誌。1874年(明治7)創刊。幅広い分野にわたって論陣をはり、開国進取・文明開化のために啓蒙的役割を果たした。75年11月政府の言論統制により廃刊。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明六雑誌
めいろくざっし

明六社の機関誌として1874年(明治7)3月に創刊されたわが国最初の総合的啓蒙(けいもう)雑誌。雑誌は、明六社における演説、討論の結果を記録にとどめ、頒布する目的で創刊されたもの。執筆者は明六社社員と同一であるが、内容は、政治、宗教、婦人、貿易、貨幣、歴史、法律、風俗、教育、哲学などのほか、国字論、出版の自由などに及んでいる。おりからの民撰(みんせん)議院設立問題についての言及も少なくないが、時期尚早論が基調になっていて、みるべきものはない。和紙半紙半截(はんせつ)二つ折りの袋綴(と)じ、活版印刷、ページ数は12~24ページ、月2~3回刊。発行部数は約3200。新聞紙条例の改正、讒謗律(ざんぼうりつ)の制定による言論取締り強化に伴い、福沢諭吉(ゆきち)の提案で75年11月第43号をもって廃刊した。[矢作勝美]
『『明六雑誌』全43巻(1976・立体社) ▽神奈川大学人文学研究所編『「明六雑誌」とその周辺 西洋文化の受容・思想と言語』(2004・御茶の水書房)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

めいろくざっし【明六雑誌】

明六社の機関誌。明治七年(一八七四)三月から翌八年一一月まで通巻四三号を刊行。月二、三冊発行。政治・経済・社会・宗教・教育・婦人・国字・国語など各分野の問題を論じた。啓蒙思想の指針となった。

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世界大百科事典内の明六雑誌の言及

【同人雑誌】より

…その反対に,近年,学生や青少年のあいだで盛んに作られているSFや漫画のグループ誌のなかには,同人雑誌に近いものがある。 日本の評論雑誌の祖というべき《明六雑誌》(1874創刊)は,明治初年の啓蒙主義的な学者・思想家たちの講演記録集だったから,同人雑誌の源をそこにみることもできる。小説発表の場としての同人雑誌は,尾崎紅葉,山田美妙らの《我楽多(がらくた)文庫》(1885創刊,当初は筆写回覧本)が最初である。…

※「明六雑誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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