明治時代の道徳運動家、教育家。幼名を平太郎、字(あざな)は芳在(ほうざい)。のち鼎(かなえ)と称し、また茂樹と改めた。号を樸堂(ぼくどう)、泊翁(はくおう)といった。泊翁の「泊」は九十九里浜を意味する。千葉県佐倉藩士の家に生まれ、藩校で儒学を修めたのち、佐久間象山(さくましょうざん)らに師事して洋学を学んだ。幕末すでに藩の要職にあったが、廃藩置県後上京し、1873年(明治6)森有礼(もりありのり)の勧めに応じて明六社(めいろくしゃ)の啓蒙(けいもう)運動に加わった。1875年5月文部省に出仕し、宮中侍講(じこう)を兼ねた。文部省では編集課長、編集局長、報告局長、編集局長(再)を歴任し、『古事類苑(こじるいえん)』などの編纂(へんさん)に尽力した。一方、1872年に頒布された学制には、もっぱら生をおさめ産をおこすことのみを説いて、ひとつも仁義・忠孝を教えた語のないのを遺憾とし、独力で国民の道徳を維持しようと志したが、1876年になって15、16人の同志を得たので、東京修身学社をおこした。これが現在も活動を続けている社団法人日本弘道会のおこりである。晩年は宮中顧問官、貴族院議員などを務めた。
日本弘道会は1907年(明治40)9月までの段階で142支会をもち、会員数は最盛期の1902年には7191名を数えた。泊翁はこの会を本拠にして道義高揚に努めたが、執筆した文章の大半は『西村茂樹全集』全3巻に収められている。なかに『日本道徳論』も含まれ、これが代表作とみられている。彼はとかく保守反動と思われがちであるが、なかなかの改進家でもあった。
[古川哲史]
明治期の啓蒙思想家,教育家。号は泊翁。文学博士。佐倉藩士の家に生まれ,安井息軒らに儒学を学び,佐久間象山に入門して洋学を修めた。支藩佐野藩の付人となり,また側用人となって藩政に当たり,藩主堀田正睦が老中外国事務専任となるに伴いその側近として活躍した。明治維新後,佐倉本藩の年寄となり,執政となったが,廃藩置県後の1872年(明治5)45歳で上京して私塾を開いた。翌年森有礼の要請で明六社の創立に参画し,この年文部省編集課長となった。翌74年創刊の《明六雑誌》に寄稿し続けたが,社員の中では最も保守派に位置した。急激な西欧文明の流入と儒教道徳の衰退を憂え,道徳興起をはかって76年東京修身学社を創設した。79年東京学士会院会長となり,80年文部省編集局長となって儒教的な教科書《小学修身訓》を刊行した。84年東京修身学社を日本講道会と改称して会長,86年宮中顧問官となり,森文相より帝国大学総長就任を要請されたが,辞した。同年〈日本道徳論〉を講演し,翌87年これを出版して各省大臣や知友に配布し,欧化政策を批判するとともに法や制度のみに目を奪われない忠孝道徳の高揚を力説した。この年日本講道会をさらに日本弘道会と改めて拡大化をはかった。88年華族女学校長を兼任し,90年貴族院勅選議員に選ばれた。代表著作は《泊翁叢書》(全2集)に収められている。
執筆者:佐藤 能丸
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(小泉仰)
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1828.3.13~1902.8.18
幕末期の下総国佐倉藩士,明治期の道徳教育家。号は泊翁。江戸生れ。儒学・洋学を学び藩政に加わった。明治維新後,新政府の文部省に出仕。明六社結成に中心的役割をはたす。1876年(明治9)東京修身学社を設立し,84年日本講道会と改めて会長に就任。87年「日本道徳論」を刊行し,会名を日本弘道会と改めた。晩年講演旅行によって儒教主義・皇室中心主義の道徳思想を鼓吹した。華族女学校校長なども務めた。東京学士会院会員。
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…それは和漢の歴史から材料をとった儒教主義にもとづく修身書であった。また,一時期文部省の編集局長をつとめた《日本道徳論》の著者西村茂樹は,1876年におこした修身学社を87年に日本弘道会と改め,皇室中心主義の国民道徳普及につとめた。このような政府の施策やそれを支持する民間の運動により,欧米風の自由主義道徳やプロテスタントの倫理の教育は一部の私立学校にとどまった。…
…明治中期の国家主義思想の書。西村茂樹著。1887年刊。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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