易姓革命(読み)えきせいかくめい

日本大百科全書(ニッポニカ)「易姓革命」の解説

易姓革命
えきせいかくめい

中国数千年の歴史のなかで繰り返されてきた王朝交替のこと。王朝にはそれぞれ一家のがあるから、王朝が変われば姓も易(か)わる(易姓)。を失って天から見放された前王朝を廃することは、天の命を革(あらた)める行為である(革命)。したがって、このような新王朝を創始する事業は「易姓革命」とよばれた。revolutionの訳語としての「革命」とは、いちおう別の概念とすべきである。

 前の天子がその地位を自分の子孫に伝えずに、間から人望の厚い人物を選んで譲る場合もあるが、天子が暴虐な場合は、天や民から見放されているにもかかわらず、その地にしがみつく。そのような際には、新たに天命を受けたが、暴虐な天子に対して武力行動を起こして打倒することも許される。こうした考え方は、武王が殷(いん)の紂(ちゅう)王を滅ぼしたいわゆる殷周革命のころからおこり、戦国時代の儒家孟子(もうし)は、これを易姓革命における禅譲(ぜんじょう)に対する、放伐(ほうばつ)として認めた。

 易姓革命思想はのちに五行(ごぎょう)思想を加えて体系化され、王朝交替は五行(木・火・土・金・水)の運行に照応するものとされるようになった。この理論を利用して、禅譲形式で天子の地位を簒奪(さんだつ)した者に、前漢にかわった王莽(おうもう)(新)、後漢(ごかん)にかわった曹(そう)氏(魏(ぎ))、魏にかわった司馬(しば)氏(晋(しん))などがある。

[小倉芳彦]

『顧頡剛著、小倉芳彦他訳『中国古代の学術と政治』(1978・大修館書店)』

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旺文社世界史事典 三訂版「易姓革命」の解説

易姓革命
えきせいかくめい

中国古来の革命観で,王朝交替を説明する理論
殷の紂王 (ちゆうおう) を討って周を建てた武王の古伝説(殷周革命)にもとづき,孟子らによって理論化された。天子は民を治めることを天から託されているので平和裡に王位をゆずるべきで,もし民意に反した暴政を行って民心が離れるなど,天子の徳が衰えた場合は,天がその命を革 (あらた) めて別の姓をもつ有徳者に易 (か) えて治めさせるというもので,新しい王朝の成立を根拠づける伝統的政治思想となった。

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百科事典マイペディア「易姓革命」の解説

易姓革命【えきせいかくめい】

中国古来の革命説。〈姓を易(か)え命を革(あらた)む〉。王室が天命にそむき失政が続けば,天はその地位を奪い,他姓の有徳者を天子とするという思想。社会体制の根源的変革を伴うrevolutionのはもたず,単なる王朝の交替を意味する。→革命
→関連項目禅譲放伐天子天皇

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「易姓革命」の解説

易姓革命
えきせいかくめい
yi-xing ge-ming

中国古来の政治思想。姓をか (易) え,命をあらた (革) めるという意味。天子は天命によってその地位を与えられて天下を治めるが,もし天命にそむくならば,天はその地位を奪い,他姓の有徳者を天子とするという思想。

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デジタル大辞泉「易姓革命」の解説

えきせい‐かくめい【易姓革命】

中国古代の政治思想。天子は天命を受けて国家を統治しているから、天子の徳が衰えれば天命もあらたまり、有徳者(他姓の人)が新たに王朝を創始するとするもの。

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精選版 日本国語大辞典「易姓革命」の解説

えきせい‐かくめい【易姓革命】

〘名〙 (統治者の姓がかわる(易)のは、天命があらたまった(革)ものだの意) 中国古来の政治思想。徳のある者が徳のない君主を倒し、新しい王朝を立てること。

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四字熟語を知る辞典「易姓革命」の解説

易姓革命

徳のある者が徳のない君主を倒し、新しい王朝を立てること。中国古来の政治思想。

[解説] 統治者の姓がかわる(易)のは、天命があらたまった(革)ものだの意。

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世界大百科事典 第2版「易姓革命」の解説

えきせいかくめい【易姓革命 Yì xìng gé mìng】

中国において王朝の交替すること。易姓は,ある姓の天子を廃止して別の姓の者が天子の位につくこと。革命とは,天命が革(あらた)まること。姒姓のが始めたのが夏王朝であるが,桀王に至って無道をはたらいたため,殷(子姓)の湯王は武力によってこれを追放し,代わって天子の位についた。また殷の紂王は暴虐であったので,周(姫姓)の武王はこれを討伐し,代わって天子となった,と伝えられる。このような王朝の交替を易姓革命という。

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世界大百科事典内の易姓革命の言及

【王】より

…殷王は〈帝〉という至上神を祭り,農作,狩猟,戦争などの結果の吉凶を亀甲や獣骨を焼いて生ずるひび割れの形によって占い,政治を指導し,政治の主宰であるとともに国家祭祀の司祭者として,華北を中心に散在する部族的国家に君臨していた。殷を滅ぼした周の〈王〉は封建された諸侯の宗家(総本家)の位置を占めたが,〈王〉は正上を支配する〈帝〉の命をうけ,その子すなわち天子として地上を支配するものと観念され,王が天に対して責務を怠ると,天帝は改めて有徳の他の者に命を与えて王とし,王朝の革命がおこると考えられ,その天命は人民の総意によって表されるとする易姓革命の考えがあらわれ,易姓革命を肯定する〈王道〉思想は,戦国時代の儒家の間で理論化されて旧中国の政治思想の骨格となった。西周の王権が衰退して春秋時代になると,南方の蛮夷である楚,呉,越などは王と称するようになり,ついで戦国時代に入ると七つの強国はいずれも王の称号を用い,もはや王は司祭者ではなく,政治的君主になった。…

【天子】より

…その子孫が代々天子として,天に見捨てられるまで,天下を統治してゆく。これが易姓革命である。天子は,天の息子として天を祭る権利と義務とをもち,他の者は直接に天を祭ることが許されない。…

※「易姓革命」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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