禅譲(読み)ぜんじょう

精選版 日本国語大辞典「禅譲」の解説

ぜん‐じょう ‥ジャウ【禅譲】

〘名〙
① 中国で、帝王がその子孫へ伝えないで有徳者にること。に、舜がに帝位を譲った類。
※国民性十論(1907)〈芳賀矢一〉一「ただ二十一史を読み、二十二史をよんでも、譲討伐の事だけは支那を学ばなかったのである」 〔後漢書‐逸民伝論〕
天皇または支配者がその位を後継者に譲ること。譲位
神皇正統記(1339‐43)中「禅譲、尊号つねの如し」
③ 一般に、権力の座を話し合いで譲り渡すこと。

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旺文社世界史事典 三訂版「禅譲」の解説

禅譲
ぜんじょう

中国で天命を受けたと考えられる有徳者に帝位を譲ること
戦国時代に孟子が革命(天命が革 (あらた) まるの)を是認したが,漢代に古代の聖天子堯 (ぎよう) ・舜 (しゆん) ・禹 (う) は血統によらず有徳者に平和的に政権を譲ったという伝説がつくられ,魏以後,五代・宋までは,新王朝の建設者は纂奪者 (さんだつしや) の汚名を避けるために禅譲の形式をとった。

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デジタル大辞泉「禅譲」の解説

ぜん‐じょう〔‐ジヤウ〕【禅譲】

[名](スル)
中国における易姓革命観に基づく君主交代の一形式。天子がその位を世襲としないで、有徳の人にゆずること。→放伐ほうばつ
天子または支配者がその位をゆずること。

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普及版 字通「禅譲」の解説

【禅譲】ぜんじよう(じやう)

天子の位を譲る。〔後漢書、逸民伝論〕古(いにしへ)隱の風(ふる)し。潁陽(えいやう)に耳を洗うて、禪讓を聞くを恥ぢ(許由)、(伯夷・叔斉)長くうるも、(ぞく)をらふを羞づ。

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世界大百科事典内の禅譲の言及

【皇帝】より

…ここで皇帝は王の中の王が持つ尊号となり,諸王の上位に位するものとなった。後漢末,魏王曹丕(そうひ)は漢の献帝から皇帝の位の譲りをうけて魏王朝を始め,いわゆる禅譲の例をひらいた。始皇帝が定めた皇帝という尊号には,その功と徳が古代の三皇五帝よりも大であるという意味がふくまれていた。…

【禅譲放伐】より

…王朝交代の形式をいう儒教の用語。古代中国では,君主は生前に臣下の中の最も徳の高い者を後継者として指名し,平和裏に位をゆずる禅譲がとられた。尭(ぎよう)がその子丹朱をおいて舜(しゆん)に位をゆずったのがその始まりである。…

【文帝】より

…220年,父が死ぬと魏王,丞相の位をついで後漢王朝の実権を掌握,九品官人法を行って反魏派勢力を排除しつつ父が整えた王朝交替をおしすすめ,献帝の譲位と群臣の勧進を三たび辞退したのちに受諾,洛陽を都に魏王朝を開いた。尭・舜・禹が行ったとされる禅譲革命を初めて完全な形で実行,以後,後周にかわった宋の太祖までこれが手本とされた。 内政面では,後漢の弊にかんがみて宦官が塩署令以上に就いたり外戚が輔政の大任に当たることを禁じる一方で,文帝自身がしばしば弟の諸王に地位をおびやかされたことから,お目付役をおいて皇族の動静に監視を加えた。…

※「禅譲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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