時間認知(読み)じかんにんち(その他表記)time cognition,time recognition

最新 心理学事典 「時間認知」の解説

じかんにんち
時間認知
time cognition,time recognition

時間に関して人間が行なう認知過程。狭義では,時間を意識したり,時間経過の速度,持続時間durationの長短を感じたりといった時間についての主観的経験を指して用いる。しかし,数秒程度の短い持続時間の経験に関しては,直接的に知覚されるという意味で時間知覚time perceptionということばを用い,もっと長い時間に関しては,持続の長さを間接的に判断するという意味で時間評価time estimationということばを用いる方が一般的である。時間認知という用語は,持続経験の長短とは直接的には関係なく,情報の符号化貯蔵,取り出しなど,注意や記憶等の認知過程がかかわることを強調する場合に用いられる。心理学的時間には,同時性や継時性の経験,順序の知覚,心理的現在,持続時間の経験,テンポリズムの知覚,近接性判断judgement of recency,時間的展望temporal perspectiveなど,さまざまな様相がある。これらすべてが時間認知にかかわるといえる。

【持続時間の経験に及ぼす要因】 時間感覚や時間知覚などの短い時間についての研究では,同時閾,継時閾,順序閾,持続弁別閾,持続弁別におけるウェーバーの法則Weber's lawの適合性,客観的時間と主観的時間のベキ指数関係,無記時程,持続時間の経験に及ぼす要因などの問題について調べられている。持続時間の経験に及ぼす要因に関する研究では,持続時間は,感覚モダリティや大きさ,強度等の刺激の性質や量の違いで変化して知覚されることなどが知られている。すなわち,同じ持続時間であっても,視覚時程より聴覚時程の方が長く感じられ,クリック音やフラッシュ光などの刺激で区切った空虚時程より,刺激で満たした充実時程や分割時程の方が長く感じられ,また大きくて複雑な刺激ほど時間が長く感じられることが知られている。時間が空間の大きさとともに長く感じられる効果をカッパ効果kappa effect(またはS効果S effect)という。これは空間上の二つの視覚的刺激を継時的に提示する場合,その間の時間は物理的に等しくても,空間が大きいほど時間が長く感じられるという現象である。これは刺激が実際に運動している場合でも同じで,持続時間は速度の増加とともに長く感じられる。ただし,静止刺激を見ている時間はゆっくり動く刺激より長く感じられ,その傾向は持続時間が長くなるほど顕著になる。

 もっと長い時間に関する時間評価の研究では,時間評価と記憶や注意,新陳代謝の速度,睡眠,感覚遮断sensory deprivation,薬物との関係などについて調べられている。記憶や注意との関係については,単純でなじみのある刺激よりも複雑で新奇な刺激を見聞きした方が持続時間は長く評価される。また,記憶負荷が大きくて時間に注意が向かないほど時間は短く評価される。新陳代謝の速度の増加(体温の増加など)とともに,時間経過は速く感じられ,持続時間の評価も大きくなり,また覚醒時と睡眠時の時間評価はそれほど変わらない。感覚遮断下においては,時間が短く感じられるという報告が多いが,最初は長く感じるという報告もある。薬物については,興奮剤は覚醒や機敏さを増して意識に達する情報を大量にもたらし持続体験を長くするが,鎮静剤はその逆の効果をもたらす。すなわち,LSD,マリファナなどの幻覚剤の場合は,密度の濃い体験を経験させ,通常より持続時間を長く感じさせるが,睡眠薬アルコール,精神安定剤の場合は,持続時間を短く感じさせるといわれている。

【時間知覚と時間評価のモデル】 持続時間の見積もりに関する古典的なモデルは,ペースメーカーなどによってパルスの発生をカウントする内的時計internal clockを仮定するモデルと内的時計を仮定しない認知モデルの二つに大きく分けられる。内的時計を仮定するモデルでは,蓄積されたカウント数に基づいて時間を判断することが仮定される(Cleelman,C.D.,1962;Treisman,M.,1963)。

 トリーズマンTreisman,M.(1963)によるトリーズマンのモデルでは,パルスを発生するペースメーカー,パルス数を数えるカウンター,内的に測定した値を貯蔵する貯蔵庫,過去と現在で登録したカウンターの値を比較する比較器,言語選択機構などが仮定されている。ギボンGibbon,J.とチャーチChurch,R.M.とメックMeck,W.H.(1984)は,動物の時間弁別行動の研究を基盤としたスカラー期待理論scalar expectancy theory(SET)を提出しているが,これは内的時計を仮定した代表的なモデルであるともいえる。このモデルでは,トリーズマンのモデルと同様のペースメーカーと蓄積器accumulatorの他に,パルス発生のオン・オフを制御するスイッチが仮定され,またパルス数を保持する機構としての作業記憶working memory,判断基準となる持続時間を保持する参照記憶,それら記憶にある蓄積量を相互に比較する機構が仮定されている。他方,内的時計を仮定しない認知モデルとしては,記憶や経験などを手がかりとして持続時間を判断するというオルンスタインOrnstein,R.E.(1969)の認知的蓄積容量モデルcognitive storage size modelがある。これは持続体験を長期記憶に喩えたものであり,持続時間の長さはその時間内に蓄積されて残った情報量の関数であることが仮定されている。このモデルに従えば,事象の数や複雑性の増加とともに持続時間が長く評価されるのは,蓄積された情報量が多いためである。ブロックBlock,R.(1985)は,記憶から取り出された情報量より環境や内的感覚,感情反応といった文脈情報を重視し,持続時間の長さは文脈情報の符号化,貯蔵,取り出しに依存するという文脈変化モデルcontextual change modelを提唱している。トーマスThomas,E.A.とウィーバーWeaver,W.B.(1975)は,内的時計の仮定を含んだ認知モデルを提案している。このモデルでは時間情報(f)を処理するタイマーと時間以外の情報(g)を処理する機構を仮定し,二つの機構のどちらに多くの注意を向けるかによって知覚時間が変動することが仮定されている。

 時間評価の研究では,あらかじめ時間を判断することを知っている場合とそれを知らずに後で思い出して判断する場合で異なることから,前者の時間を予期的時間prospective time,後者の時間を追想的時間retrospective timeとよんで区別している。オルンスタインのモデルは追想的時間を説明するものであり,トーマスとウィーバーのモデルは予期的時間(100ミリ秒以下についてのみ)を説明するものであった。ザケイZakay,D.(1993)は,これら2種類の時間の違いを説明するため,タイマー処理器P(t)と記憶情報処理器P(m)の二つを仮定する二過程モデルを提案している。このモデルでは追想的時間については,P(m)のみが働き,オルンスタインのモデルのように,記憶負荷の大きい複雑な刺激の持続時間が長く評価されることを予測する。他方,予期的時間については,P(t)が働いて時間経過に対する割当が増えるため,P(t)が大きくなり時間は長く評価されるが,刺激が複雑になるにつれて時間経過に対する割当が減るため,P(t)が小さくなり時間が短く評価されることを予測する。

 ザケイとブロックは,最初は内的時計を仮定しないモデルを提唱したが,その後,それを仮定する方向に修正している。彼らによる1996年の注意ゲート・モデルattentional gate modelは,前述のギボンら(1984)のモデルに基づいており,さらに注意の影響を重視し,パルスの情報がスイッチに伝わる前に時間情報に注意を向けるか否かを制御するゲート機構が加えられている。彼らによれば,このモデルにおいて内的時計の仮定が必要なのは予期的時間を想定する場合であり,追想的時間に関してはこの仮定は必要ではない。スタッドンStaddon,J.E.R.(2005)などいくつかの例外もあるが,近年の予期的時間に関するモデルでは,このように内的時計を仮定するのが一般的である。内的時計を仮定する根拠としては,人間の体内に,呼吸や脈拍,脳波,また一定の時間で信号が一巡する反響回路など,周期的に変動するものがいくつかあることが挙げられる。しかしながら,時間の知覚や評価と生理的な周期的リズムとの対応は,まだ明確には認められていないのが現状である。生理学の研究では,哺乳類の概日リズムcircadian rhythmをつかさどる時計が視交叉上核suprachiasmatic nucleus(SCN)であることが明らかにされているのに対し,もっと短い時間間隔の判断については大脳基底核basal ganglia(もしくは無傷線条体intact striatum)の関与が,また運動制御や発声や音楽演奏などもっと短いミリ秒単位の時間制御については小脳cerebellumの関与が示唆されているが,その詳細はまだ明らかではない。

 情報処理という側面を重視した時間認知のモデルとしては,以上のほかにトダToda,M.(1975)のモデルがある。これは時間認知に関して1次認知機構primary cognitive subsystemと2次認知機構という二つの機構を仮定したモデルである。トダによれば,1次認知機構は,⑴外的事象を正確にシミュレートする機構であり,⑵莫大な入力情報を処理する能力をもち,また⑶精度の高いリアルタイム・クロックを備えている。1次認知機構は,精度の高いクロックによって効果的なシミュレーションを行ない,予期や期待を絶えず提供する。予期や期待に反さぬ限り,情報処理は記憶に依存せず,自動的になされる。また,この1次認知機構は,リアルタイムを基盤として作用するが,そのリアルタイムの正確さは,実際世界からのフィードバックにより作られるかもしれないとしている。しかし,まったく予期せぬ出来事に遭遇した場合には,情報処理が1次認知機構から2次認知機構など,もっと高次の機構にゆだねられ,現実の知覚とのギャップを埋めるために,記憶や知識が総動員される。ここで1次認知機構とは,現在,意識の範囲,知覚的処理や作業記憶が働いている状況に対応し,もっと高次の認知機構とは,記憶,知識,意思決定などの認知過程の関与している状況に対応すると考えられる。1次認知機構のみが作用する場合と高次の認知機構が作用する場合では,時間経験はまったく異なると考えられる。 →空間認知 →時間知覚 →神経系
〔田山 忠行〕

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