空間認知(読み)クウカンニンチ(その他表記)spatial cognition

デジタル大辞泉 「空間認知」の意味・読み・例文・類語

くうかん‐にんち【空間認知】

空間知覚

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

最新 心理学事典 「空間認知」の解説

くうかんにんち
空間認知
spatial cognition

動物が環境内の位置や方向などの空間的関係の知識を獲得・記憶し,それに基づいて行動したり判断したりする能力のこと。空間知覚space perceptionが空間を感覚入力から把握することを指すのに対し,空間認知は主体を取り巻く環境としての空間についての処理を表わし,対象となる空間からの感覚入力を伴うとは限らない。空間認知研究は地理学・建築学・都市計画論などとも関連する学際領域である。

認知地図cognitive map】 空間についての知識・記憶とその表象のことをいう。この用語を初めて用いたのは新行動主義者のトールマンTolman,E.C.(1948)である。ラット迷路をたどって餌に到達できるように学習させた後迷路を変更したとき,ラットは学習時に近い経路ではなく餌への直線方向に近い経路をより多く選択した。この実験で学習されたのは刺激と反応の関係ではなく目的と手段の関係であるとトールマンは考え,このような認知構造のことを認知地図とよんだ。トールマンが使った認知地図という語は学習によって形成される心的構造全般を意味していたが,その後,主に空間認知研究において空間記憶とその表象を指す用語として使われるようになった。ヒトを対象とした実験心理学では主に方向判断・距離評定・地図描画のような空間課題の結果から表象の性質が検討されるが,ラットを使った研究から海馬で認知地図が表象されているとしたオキーフO'Keefe,J.(1978)のような生理学的検討もなされている。なお,たとえばギブソンGibson,J.J.の理論のように,認知地図のような静的な空間表象の存在を仮定しない立場もある。

 認知地図は現実空間の正確な反映では必ずしもなく,その違いの検討は初期の空間認知研究の主なテーマであった。空間に関する判断や行動は必ずしも正確ではないので認知地図は現実空間に比べ歪んでいるとみなすことができるが,その歪みには一定の傾向が見られる。たとえば曲がり角の角度は90°に近い方向に誤って判断されることが多く,距離の判断はそこに含まれる要素の数に大きく影響される。また,空間に関する処理が方向によって異なるという性質(異方性anisotropy)の存在も知られている。地図またはその記憶を基に方向を判断するとき,判断の基準方向が地図の上方向と一致していないと誤りが増える整列効果alignment effectはその一例である。

【空間認知に影響する要因】 空間認知にはさまざまな要因が影響すると考えられている。たとえば発達によって空間の認識は自己中心的から対象中心的に変わっていくし(Piaget,J.,& Inhelder,B.,1948),認知地図が経路から成るルートマップから面的な広がりをもつサーベイマップに変わっていく(Hart,R.A.,& Moore,G.T.,1973)とされる。また,空間についての知識獲得の源が地図であるか実際の移動経験としてのナビゲーションnavigationであるかによって空間課題の遂行成績は異なる(Thorndyke,P.W.,& Hayes-Roth,B.,1982)。さらに,空間の規模も空間認知に影響し,一目で見渡せる身体周囲空間や部屋の中のような小空間,移動することは可能だが見通しのきかない建物内や市街,地図によってしか知ることができないような大空間など,対象によって処理方略や表象の性質は異なってくる。このことは,空間認知に身体が強く関係していることを示している。 →空間知覚 →時間認知 →身体感覚
〔松井 孝雄〕

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