ふつうには数を頭の中で処理する計算のことをいう。暗算には問題の数を見ながら行う視暗算と聞きながら行う聴暗算があるが,筆算との対比からいうと終極の目標は聴暗算にある。ここで筆算とは字の示すごとく紙の上に書いて行うという意味だけでなく,その計算方法も含めて考えることが必要である。筆算は十進位取りを原理とするアラビア記数法に基づいて行われ,85+67=80+60+5+7=80+60+10+2=152のように桁の下位の数から加える尾加法がとられる。これに対して聴暗算では〈ハチジュウゴ+ロクジュウシチ〉と唱えられる数をもとにして,85+67=85+60+7=145+7=152のように桁の上位の数から加えていく頭加法になる。ただし,珠算による暗算はそろばんだまを脳裏に連想して計算するもので,二進法と五進法の混合したものと考えるべきで,ふつうの暗算とは区別したほうがよい。
このように数を唱える命数法に基づいて暗算がなされるということは,20以下や100以上の数の唱え方に不規則性をもつヨーロッパ語に比べて一段と優れた漢数字を使用するうえ,〈九九のうた〉が成り立つという日本語の言語構造が,日本において他国民よりも暗算を重要視する風潮を育てたのは当然なことであった。このことは古くから胸算用などという言葉があることを見てもわかる。ただし,異常な暗算の能力をもつ奇才は洋の東西を問わず現れるが,これは独特の方法によるものである。ドイツの暗算の天才ダーゼJ.M.Z.Dase(1824-61)は,79532853×93758479という掛算を54秒でやれたし,40桁どうしの掛算を40分でやったという。しかし,暗算能力と数学の能力はほとんど別のものである。
明治末から昭和の初期にかけて日本の初等教育で用いられた国定教科書(表紙の色から黒表紙と呼ばれる)では,江戸時代からの和算の伝統が強く暗算が重視されていた。とくに1925年以降の第3期のものではその傾向が強められ,3年の教師用書に〈2位数と2位数との和を求むる暗算は十分練習せしめ,その和は常に暗算にて求め得る程度に至らしむべし〉としている。黒表紙の次に作られた国定教科書(緑表紙)では,〈数理思想の開発〉の名のもとに暗算は強化され,769+76といった3位数+2位数まで暗算でやるようになり,さらに次の教科書(水色表紙)では,250-24-68-75というものまでが暗算に入れられた。
第2次世界大戦後もしばらくこの傾向は続いたが,50年代の終りに,暗算と筆算に関して数学教育上有名な論争が数学者の遠山啓(1909-79)と塩野直道(1898-1969)の間で行われた。緑表紙の編集責任者であった塩野は,暗算には日常生活における実用的価値と数概念に基づいた計算を意識的に使うことにより数学的思考を絶えず働かすという理論的価値があり,暗算を計算の中心に位させるという暗算中心の計算体系を主張したのに対して,遠山は,暗算には個人差が多く,筆算は安易さからもその形式のもつ発展性からも計算の中心であり,これを早くから指導すべきであるという筆算中心の計算体系を主張した。そして,低学年の子どもには筆算の位取りの原理は理解できないという塩野には,タイルという半具体物を使用することによってそれが可能であると反論した。
現在では,暗算は筆算のために最小限必要な基数についての基礎暗算を指導したあと,できるだけ早く筆算に入るという考えが多くの支持を得ている。78年からの学習指導要領では,1年から十進位取り記数法を指導することになっていて,3年で2位数と2位数の加減,2位数と1位数の乗除が暗算でできるように配慮することとあるが,これはまだ暗算に対する伝統的な考えが残っているためである。
執筆者:榊 忠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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