コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

遠山啓 とおやまひらく

5件 の用語解説(遠山啓の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

遠山啓
とおやまひらく

[生]1909.8.21. 仁川
[没]1979.9.11. 埼玉
数学者,教育家。朝鮮で生れて間もなく熊本に戻る。東京大学を中退し,東北大学で数学を学ぶ。第2次世界大戦後,数学教育に関心を持ち,生活単元学習を批判。 1949年,東京工業大学教授。代数関数の非アベール的理論で評価を得る。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

とおやま‐ひらく〔とほやま‐〕【遠山啓】

[1909~1979]数学者。熊本の生まれ。東北大卒。東京工業大教授。代数関数論の研究で知られ、数学教育を改革する「水道方式」を提唱した。著作に「数学入門」「無限と連続」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

遠山啓 とおやま-ひらく

1909-1979 昭和時代の数学者。
明治42年8月21日生まれ。昭和24年東京工業大教授。代数関数論の研究で知られる。26年数学教育協議会を結成,数学教育の改革にとりくみ,「水道方式による計算体系」を提唱。48年教育雑誌「ひと」を発行した。昭和54年9月11日死去。70歳。熊本県出身。東北帝大卒。著作に「無限と連続」「数学入門」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版の解説

とおやまひらく【遠山啓】

1909~1979) 数学者。熊本県生まれ。東工大教授。水道方式、量の理論など、実践に裏付けられた数学教育の理論と方法を開発・提唱した。晩年は市民運動としての教育運動の先頭に立ち、大きな影響を与えた。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遠山啓
とおやまひらく
(1909―1979)

数学者。数学教育運動家。熊本県に生まれる。1938年(昭和13)東北帝国大学数学科卒業。海軍航空隊の教授を経て、1949年(昭和24)東京工業大学教授。1951年数学教育協議会を結成、数学教育の改革運動に着手し、「水道方式」による計算体系を樹立、学校現場に大きな影響を与えた。主著は『数学入門』上下(1960)、『競争原理を超えて』(1976)など。[三原芳一]
『『遠山啓著作集』全27巻(1981・太郎次郎社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の遠山啓の言及

【暗算】より

…黒表紙の次に作られた国定教科書(緑表紙)では,〈数理思想の開発〉の名のもとに暗算は強化され,769+76といった3位数+2位数まで暗算でやるようになり,さらに次の教科書(水色表紙)では,250-24-68-75というものまでが暗算に入れられた。 第2次世界大戦後もしばらくこの傾向は続いたが,50年代の終りに,暗算と筆算に関して数学教育上有名な論争が数学者の遠山啓(1909‐79)と塩野直道(1898‐1969)の間で行われた。緑表紙の編集責任者であった塩野は,暗算には日常生活における実用的価値と数概念に基づいた計算を意識的に使うことにより数学的思考を絶えず働かすという理論的価値があり,暗算を計算の中心に位させるという暗算中心の計算体系を主張したのに対して,遠山は,暗算には個人差が多く,筆算は安易さからもその形式のもつ発展性からも計算の中心であり,これを早くから指導すべきであるという筆算中心の計算体系を主張した。…

【学校】より

…これらはだれもが認める学校の機能であるが,具体的にどのような学校にするかが問題である。1950年代から数学教育改造運動にとり組んできた遠山啓は,70年代に入って,学校は自動車学校型の学校と劇場風の学校のどちらかにするのがよいと提案した。前者は,将来就く仕事に必要な知識・技術は順序だてて確実に習得させる学校であり,後者は,みずから選択して入場し,自分の興味に合致しなければ退場自由という学校である。…

※「遠山啓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

遠山啓の関連キーワードガロア秋月康夫国枝元治黒田成勝小堀憲今野武雄沢田吾一末綱恕一淡中忠郎中山正

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

遠山啓の関連情報