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曾我派 そがは

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

曾我派
そがは

室町・安土桃山時代の画派。伝説的画家曾我蛇足に代表される室町時代水墨画派と,それを継ぐと称した桃山時代の曾我直庵,二直庵の系譜はともに曾我派と呼ばれるが,両者の関係には疑問がある。前者は大徳寺一休宗純真珠庵周辺に集った画家たちで,兵部墨渓,夫泉宗丈,紹仙,宗誉らの名が知られ,越前朝倉氏と関係が深い。後者は朝倉氏滅亡後の時代にあたるが,江戸時代初期まで堺を中心に活躍。なお江戸時代に曾我蕭白がいてやはり蛇足の後裔と称したが,直接の関係はない。

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百科事典マイペディアの解説

曾我派【そがは】

曾我直庵の子孫,門人で形成される桃山時代の画派。同時代の各派と並び,大画面障屏(しょうへい)画を手がけた。子の二直庵,孫の三直庵らは武家好みの鷹図を得意とした。
→関連項目曾我蛇足

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世界大百科事典 第2版の解説

そがは【曾我派】

中世から近世の漢画派。室町時代,桃山~江戸初期,および江戸中期の三つの画派もしくは画人があり,その間の系図上のつながりは不明である。(1)室町時代の曾我派 伝承では来日李朝画家の李秀文を祖とし,兵部墨渓(ひようぶぼつけい)をその子として画系の初めとする。以後,代々曾我姓を称する越前朝倉氏の家臣。墨渓以降,代々参禅して法名を持ち,特に一休禅師の禅風を受け,その肖像や関係寺院の画作に腕をふるった。墨渓の画技の師は周文で,子の夫泉宗丈(曾我蛇足(じやそく))とともに,周文流の山水画の世界をより簡素・枯淡化し,余白の多い蕭条とした水墨山水画を形成した。

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