地震,台風などの天災地変のように,有害な結果をもたらすできごとであって,社会観念上その結果を防止するために通常の人に期待される最高の注意を払い,いっさいの方法を尽くしても,なお避けることのできないものをいう。一般に,法律上の責任,義務,不利益を免れさせるという法律効果をもつ。なお,当事者の病気や企業施設の瑕疵(かし)など内部事情によるものは,たとえ過失によらなくとも不可抗力とはいえない。
日常用語としても使われるが,法律上とくに重要な概念である。この概念はローマ法上のvis major(直訳すれば〈超越した力〉)に由来する。ローマ法では,船主,旅館主,厩(うまや)の主人が,営業を行うに際し預かった物品については,そのままの状態で返還し,滅失・毀損した場合には故意・過失がなくても全責任を負うという重い責任(レセプツムreceptum責任と称される)が認められていたが,その場合でもvis majorが存在する場合には責任を免れると解されるようになり,それが各国の法に受け継がれて,上記の意味をもつに至った。
日本の法律でも,不可抗力の語は各種の規定に見いだされる。たとえば,(1)金銭債務以外の債務の不履行においては,債務者は不可抗力を理由として債務不履行責任を免れることができる(民法419条2項)。また,(2)〈旅店,飲食店,浴場その他客の来集を目的とする場屋(じようおく)の主人〉は,客から寄託を受けた物品の滅失または毀損につき故意・過失がなくても責任を負う(これは前記のレセプツム責任に由来する)が,この場合でも,滅失・毀損が不可抗力によって生じた場合には,責任を免れる(商法594条)。無過失責任を定めた各種の特別法中には,損害の発生に関して不可抗力が競合した場合には,裁判所は損害賠償の責任および範囲を定めるにつき,これを斟酌することができる旨の規定がおかれている(鉱業法113条,大気汚染防止法25条の3,水質汚濁防止法20条の2)。さらに,(3)不可抗力は,一定期間中になすべきことをしなかったことから生じる不利益を免れさせる効果をもつ。たとえば,手形・小切手上の権利の行使または保全が不可抗力のために期間内に行うことができない場合には,期間が伸長され,あるいは保全に必要な手続が免除される(手形法54条,小切手法47条。なお民法161条も参照)。もっとも,不可抗力の場合でも,なお義務または責任を免れない旨を定めた規定も少なくない。たとえば永小作人は,不可抗力によって収益についての損失を受けても,原則として永小作料の減免を請求することができず(民法274条。なお275条参照),また,賃借小作人は収益の額に至るまでの減額を請求できるにとどまる(民法609条,なお610条)。これらの規定は,不可抗力が本来義務または責任を免れさせる事由であることを前提として規定されたものであるが,しかし小作人の過酷な義務を定めたこれらの規定の合理性については疑問がもたれている(なお農地法24条では,小作料の減額請求が広く認められるよう修正がなされた)。
以上のように,不可抗力の語は種々の規定で用いられているが,沿革上からも,現行法上も,無過失責任のような重い責任を負う場合の免責事由としての意味がとくに重要である。しかし,不可抗力が免責事由一般と等しい意味に用いられてくると,責任を免れさせる他の要件(たとえば,因果関係の不存在)と不可抗力との関係は,必ずしも明確でなくなってくることが指摘されており,解釈上,不可抗力の意味を他の概念と区別して厳密に明らかにするのは意外に困難であり,今後の問題点として残されている。なお,近時の立法例,たとえば無過失責任を定めた〈原子力損害の賠償に関する法律〉(1961公布)では,〈異常に巨大な天災地変又は社会的動乱〉を免責事由として定め(3条1項但書),これまで不可抗力にあたると観念されてきた事由が具体的かつ限定的に挙げられているものがある。
執筆者:平井 宜雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
外部からの事変であっていっさいの方法を尽くしても損害の発生を防止しえないようなものをいう。たとえば、一定の物を送付すべき債務を負う場合に、大地震で交通機関が断たれて送付できなかったような場合である。
不可抗力は、民法、商法上、種々の場合に規定されているが、多くの場合、契約責任や不法行為責任を免れさせ、あるいは責任を軽減させる。たとえば、債務(金銭債務以外)の履行遅滞があっても、不可抗力であると責任を負わなくてよい(民法419条3項の反対解釈)し、収益を目的とする土地の賃借人が不可抗力により借賃より少ない収益を得たときは、収益の額まで減額を請求できる(同法609条)。不法行為でも、不可抗力が競合したときには、不可抗力が寄与した部分を判断してその部分を損害賠償額から減ずるべきだとする考え方がある。また、手形・小切手の保全手続が不可抗力で妨げられたときは、保全期間を伸長し、あるいは保全手続を免除する(手形法54条、小切手法47条)。
しかし、不可抗力が、責任に影響を与えない場合も少なくない。たとえば、永小作人は不可抗力で収益につき損害を受けたときでも、小作料の免除または減額を請求できないし(民法274条)、転質をしたものは不可抗力による損失についても責任を負う(同法348条)。
[淡路剛久]
出典 四字熟語を知る辞典四字熟語を知る辞典について 情報
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