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有馬頼徸 ありま よりゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有馬頼徸 ありま-よりゆき

1714-1783 江戸時代中期の大名,和算家。
正徳(しょうとく)4年11月24日生まれ。有馬則維(のりふさ)の5男。享保(きょうほう)14年父の跡をつぎ,筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩主有馬家7代となる。窮民の救済,荒地の開拓,武芸稽古(けいこ)所の設立などにつくした。山路主住(ぬしずみ)に関流算学をまなび,豊田文景の筆名による「拾璣(しゅうき)算法」をはじめおおくの著作をのこした。天明3年11月23日死去。70歳。字(あざな)は其映。号は林窓庵,潜淵子,一晴軒など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ありまよりゆき【有馬頼徸】

1714‐83(正徳4‐天明3)
久留米藩の藩主で数学者。林窓菴,臨翠軒,龝凮閣など多数の号をもつ。数学を山路主住に習い大成し,多くの著書を残した。しかし,刊行されたのは《拾璣算法(しゆうきさんぽう)》(1769)だけである。この書は当時考えられていた最高の数学が解説されている。本書により,久留島義太松永良弼の研究が広く知られるようになった。有馬は,藤田貞資村井中漸など関流の数学者を多数招いて彼らを援助した。これが,和算を発展させた一つの原動力となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

有馬頼
ありまよりゆき
(1714―1783)

筑後(ちくご)国(福岡県)久留米(くるめ)藩主。大名(だいみょう)の数学者として有名。号は林窓菴(りんそうあん)ほか多数。数学を山路主住(やまじぬしずみ)に習い、関孝和(せきたかかず)、建部賢弘(たけべかたひろ)、松永良弼(よしすけ)たちの業績をまとめ、しかも自分のくふうも含めて多くの著書を著す。刊行されたのは『拾算法(しゅうきさんぽう)』(1769)だけであるが、点竄(てんざん)のよい教科書として大いに歓迎された。巻末に、弧の長さに関する三つの無限級数(円理)の公式を示した。藤田貞資(さだすけ)・嘉言(かげん)父子のほか多くの数学者を家臣にして庇護(ひご)した。関流が他の流派より評判を高くしたのは有馬頼の援助によるところが大きい。久留米に生まれ、同地で没。[下平和夫]

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367日誕生日大事典の解説

有馬頼徸 (ありまよりゆき)

生年月日:1714年11月25日
江戸時代中期の和算家;大名
1783年没

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世界大百科事典内の有馬頼徸の言及

【筑後国】より

…文化の面では儒学者合原藤蔵,樺島石梁(以上久留米),安東省庵・節庵(柳河)らが思想界に重きをなした。また久留米藩主有馬頼徸(よりゆき)は数学をよくし《拾璣算法(しゆうきさんぽう)》を著し,久留米出身の発明家田中久重は〈からくり儀右衛門〉と称され,全国に名を馳せた。 1871年(明治4)7月の廃藩置県で久留米,柳河,三池の各藩はそれぞれ県となったが,同年11月に三潴県に統合された。…

【和算】より

…一方,関西では鎌田俊清(1678‐1747)が《宅間流円理(たくまりゆうえんり)》(1722序)をまとめ,arcsinxやsinxのべき級数展開を示している。
[有馬頼徸]
 松永良弼の弟子山路主住(1704‐72)は,中根元圭,松永良弼,久留島義太の業績を受け継いで,これを弟子に伝えた。彼自身の業績としては循環小数の研究がある。…

※「有馬頼徸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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