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本間四郎三郎 ホンマシロウサブロウ

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デジタル大辞泉の解説

ほんま‐しろうさぶろう〔‐シラウサブラウ〕【本間四郎三郎】

[1732~1801]江戸中期の豪商。名は光丘。本間家3代目。庄内藩の酒田で事業に成功し、藩財政に関与。また、私財を投じて最上川の治水や天明の飢饉の救済を行った。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本間四郎三郎 ほんま-しろうさぶろう

本間光丘(ほんま-みつおか)

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大辞林 第三版の解説

ほんましろうさぶろう【本間四郎三郎】

1732~1801) 江戸中・後期の豪商。酒田の人。名は光丘、四郎三郎は通称。庄内藩一四万石の領地において二四万石の大地主であった本間家の中興の祖。廻船問屋を営み巨財を積み、財力を背景に藩政にも参与し士分となる。米沢藩主上杉家の中興にも貢献。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本間四郎三郎
ほんましろうさぶろう
(1732―1801)

江戸中期の豪商。通称光丘(みつおか)。本間家3代で、1754年(宝暦4)家督を継ぐ。酒田西浜に砂防林をつくり、新田開発を行う。庄内(しょうない)藩、米沢(よねざわ)藩の財政再建に関与し、庄内藩では御小姓(おこしょう)格、郡代並(なみ)に任ぜられた。多額の大名貸を行い、米および内陸の大豆、青苧(あおそ)などの特産物の取引によって商業資本家となる一方、小作米約1万4000俵に上る大地主本間家としての基礎をつくった。光丘が建てた現存する建造物に、68年(明和5)幕府巡見使宿としてつくられた後の本間家本邸、浄福寺唐門、山王山日枝(ひえ)神社がある。光丘は俳句をつくり、蓬莱山其山(ほうらいさんきさん)と号した。享和(きょうわ)元年6月1日没。酒田市立光丘図書館に光丘(こうきゅう)文庫がある。[横山昭男]

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