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李良枝 イヤンジ

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デジタル大辞泉の解説

イ‐ヤンジ【李良枝】

[1955~1992]小説家。山梨の生まれ。在日韓国人二世。9歳のとき日本国籍を取得。本名、田中淑枝(よしえ)。早稲田大学中退ののちソウル大学に入学。自身の留学体験を描いた「由煕(ユヒ)」で芥川賞受賞。他に「かずきめ」「」など。肺炎のため37歳の若さで急逝。

り‐よしえ【李良枝】

イヤンジ(李良枝)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

李良枝 り-よしえ

イ-ヤンジ

李良枝 イ-ヤンジ

1955-1992 昭和後期-平成時代の小説家。
昭和30年3月15日生まれ。在日韓国人二世として山梨県で出生,9歳のとき日本国籍を取得。早大を中退し,昭和56年ソウル大に入学。57年「ナビ・タリョン」を発表。平成元年「由煕(ユヒ)」で芥川賞。金淑子(キム-スクチヤ)に巫俗(ムソク)舞踊をまなび,舞踊家としても知られた。平成4年5月22日死去。37歳。日本名は田中淑枝(よしえ)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

李良枝
いやんじ
(1955―1992)

小説家。山梨県南都留郡に、父李斗浩(イドゥホ)、母呉永姫(オヨンヒ)の長女として生まれる。父は1940年(昭和15)、15歳の時に、日本統治下の済州島(さいしゅうとう/チェジュド)から内地(日本)に渡って来た。船員や絹織物の行商などをしながら、富士山麓に居を定める。商売上、田中という通名を使っていた。李良枝も9歳の時に、両親の日本への帰化にともなって日本国籍となる。また本名は田中淑枝であるが、良枝を使っていた。下吉田小学校、下吉田中学校を経て、県立吉田高校に入学。この間、太宰治やドストエフスキーを読みふけるが、もう一方では、日本舞踊や琴を学ぶ。両親の別居、離婚訴訟などから、3年生時に高校を中退し、京都の観光旅館に住み込み、フロント係兼小間使いとして働き始める。旅館の主人のはからいで、京都府立鴨沂(おうき)高等学校3年に編入し、日本史の教師を通じて、自身の民族のことを考え始める。20歳で早稲田大学社会科学部に入学し、民族問題にかかわる運動に参加するが、大学は1年の1学期で中退。その後、25歳時から韓国と行き来するようになり、伽琴(カヤグム)、巫俗(ムソク)舞踊を本格的に学び始め、また27歳の時にはソウル大学国文科に入学する。この間、2人の兄が亡くなり、また両親の離婚裁判が決着したが、ソウルの下宿で書き上げた「ナビ・タリョン」が、『群像』(82年11月号)に発表され、小説家としてのデビューを果たす。その後、「かずきめ」(『群像』83年4月号)、「あにごぜ」(同誌83年12月号)などを発表。88年(昭和63)に『群像』11月号に発表した「由煕(ユヒ)」が翌年の芥川賞を受賞し、単行本としても出版されることになる。その後も、韓国と行き来する中で舞踊を学びつつ、小説の執筆を続けるものの92年(平成4)、風邪から肺炎となり、その後急性心筋炎へと病状が広がり、死去することになる。享年37歳。
 李良枝は、自己の経歴にかかわるエッセイを何本か書いているが、小説の題材も早世であったためか、自身の経歴に関わる題材が多い。小説家としてのデビュー作、「ナビ・タリョン」では、京都での旅館勤めが主題となっている。自伝的エッセイによれば、この京都時代、街を歩く朝鮮学校の生徒が民族服を着て堂々と朝鮮語を話していることに衝撃を受けている。しかし、こういった京都時代を対象にして綴った「ナビ・タリョン」は、民族の目覚めをストレートに描くのではなく、むしろ在日であることを秘匿しつつ働くことのおびえや、またその職場における陰惨ないじめなどが入念に書き込まれている。「ナビ・タリョン」が主に書かれていた時期は、韓国留学時代であるが、その世界は、朝鮮人であることを隠したり、あるいは朝鮮人であることを積極的に忘却し、また日本人として生きようとする多くの在日大衆の苦悩を凝縮したものとなっているともいえよう。またこの苦悩は、在日大衆における世代の葛藤とも深い関数関係にあるものであり、李良枝の作品には、家族における葛藤が多く描かれることになる。在日の家族は、差別的な日本社会に取り囲まれることによって、帰化も含めたさまざまな問題を家族の中に持ちこんでしまうのであり、二世以降の世代によるアイデンティティの確立も、並大抵のことではないことが予想されるのである。
 このように李良枝の小説の一つの大きな柱として、在日として生きることの困難さを主題化する志向性があったとするならば、またもう一つの柱として、祖国との出会いとその困難さを描く志向性がある。代表作『由煕』は、彼女の韓国留学時代が主題となっているが、興味深いのは、『由煕』の語り手が留学先の下宿のオンニ(年上の女性への呼称)や叔母になっていて、その視点から日本からの留学生である在日二世の女性を描いており、またその視点の設定が成功している点であろう。エッセイにも書かれているように、李良枝自身が本国人の気持ちや立場というものを理解していく困難な道筋の中に、この『由煕』が位置付けられるといってもよい。
 37歳の死は、まさに早世といえるものであるが、彼女が生き続けていたならば、どんな作品を書いたであろうか、際限なく想像ができそうではある。そのことは、80年代からの彼女の作家的生涯と交わるように、中上健次であるとか、梁石日(ヤンソギル)などといった作家とのかかわりにおいて、彼女が大成していく方途が仄(ほの)見えていたように思われるからである。[丸川哲史]
『『石の聲』(1992・講談社) ▽『李良枝全集』(1993・講談社) ▽『由煕 ナビ・タリョン』(講談社文庫) ▽尹健次著『「在日」を考える』(平凡社ライブラリー)』

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