ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「村田省蔵」の意味・わかりやすい解説
村田省蔵
むらたしょうぞう
[没]1957.3.15. 東京
大正・昭和期の実業家,政治家。高等商業学校(→一橋大学)卒業後,1900年に大阪商船に入社。社長の中橋徳五郎に引き立てられ,1934年に社長に就任。1939年貴族院議員に勅選され,1940年の第2次,および 1941年の第3次近衛文麿内閣で逓信大臣兼鉄道大臣を務め,非常時下の運輸行政の中枢を担った。第2次世界大戦中の 1942年には南方軍政最高顧問としてフィリピンに赴任,翌 1943年には駐フィリピン特命全権大使となった。戦後,A級戦犯容疑で逮捕されたがのちに釈放。1954年日比賠償交渉の首席全権としてフィリピンを再訪,日比親善に尽くした。また日中民間貿易協定(→日中貿易)の日本側委員長も務めたが,中国側の信頼はあつかった。日本国際貿易促進会会長として貿易振興にも尽力した。福島慎太郎編『村田省蔵遺稿比島日記』(1969)がある。
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