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松旭斎天一 ショウキョクサイテンイチ

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デジタル大辞泉の解説

しょうきょくさい‐てんいち【松旭斎天一】

[1853~1912]奇術師。越前の生まれ。本名牧野八之助、のち服部松旭と名乗る。西洋奇術を日本に紹介し、地方興行ののち浅草に進出、以後国内外で大成功をおさめた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松旭斎天一 しょうきょくさい-てんいち

1853-1912 明治時代の奇術師。
嘉永(かえい)6年生まれ。阿波(あわ)(徳島県)安楽寺で剣渡り,火渡り真言秘密の術を習得。さらに旅芸人に水芸を,アメリカ人奇術師ジョネスに西洋奇術をまなぶ。地方興行をへて明治21年東京浅草に進出,以後,国内外で好評を博した。明治45年6月14日死去。60歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。本名は牧野八之助。

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朝日日本歴史人物事典の解説

松旭斎天一

没年:明治45.6.14(1912)
生年:嘉永6(1853)
明治時代の奇術師。越前福井藩の陪臣牧野海平と妻音羽の長男。本名服部松旭。家断絶により叔父の唯阿が住職を勤める阿波国(徳島県)西光寺へ移住した。同寺で孤児となり仏門に入ったが,宗教の奇跡を自作自演して破門され,大道芸の手品師となる。明治11(1878)年イギリス人ジョネスと共に上海へ渡り,西洋奇術を学ぶ。大仕掛けな舞台奇術を志し,21年浅草の文楽座で水芸,大砲芸や宗教劇奇術で成功した。欧米巡業(1901~05)後は歌舞伎座をはじめ全国の大劇場に出演した。大道芸の手品を近代的な舞台奇術にまで発展させた。<参考文献>青園謙三郎『松旭斎天一の生涯』

(丸川賀世子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

しょうきょくさいてんいち【松旭斎天一】

1853~1912) 奇術師。福井県生まれ。本名、竹野八之助。後に服部松旭と名乗る。長崎で西洋奇術を習得。中国・欧米にも巡業し、明治天皇御前公演を行う。

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世界大百科事典内の松旭斎天一の言及

【帰天斎正一】より

…とりわけ口から火炎を吐く技術は抜群で,民衆に西洋手品の〈科学性〉を認識させた。89年には宮中の御学問所で天覧を仰いだが,松旭斎天一(しようきよくさいてんいち)(1853‐1912。松旭斎天勝(てんかつ)の師匠)の大型化をねらった奇術に太刀打ちできず,いつのまにか姿を消した。…

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